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第191話 覚悟を決めるとはこういうことだ 

「柚香?」


 なんか慌てて来たらしい蓮は、ウィッグは取ってたけどメイクはしたままでメイド服着てて。――まさか。


「なんで、蓮が来るの? まさか倉橋くんが!?」

「倉橋に急いで行けって言われて……おまえ、泣いたのか? 倉橋になんかされたのか!?」


 肩をがしっと掴まれて顔を覗き込まれる。――うわ、やめて欲しい、今一番見たくない顔面の暴力だよ!


「ち、違うよ……」

「じゃあなんで泣いてるんだよ。倉橋もなんか様子おかしかったし。……俺が訊いたらまずいことなのか?」


 うう……心配されてるのはわかるけど、これは辛い。倉橋くんが辛かったっていうのがわかる。


「……倉橋くんに、告白されたの。それで今までそんなこと考えたことなくてびっくりしちゃって」

「倉橋が、柚香に告白……」


 蓮が色の濃い目を見開いて驚いてる。驚いてはいるんだけど、妙に納得した様な表情もしてて――蓮は、倉橋くんの気持ちに気づいてたのかな。


「断ったの。なのに私が泣いちゃって。倉橋くんはきっと、私を傷つけたと思ったんじゃないかな」

「それで俺に行けって? ……あいつ、なんでそんなこと」

「私が、蓮のことを好きだって倉橋くんは気づいてたんだよ。――私が自分の気持ちに気づくより先に」


 ああ、口から心臓出そう。倉橋くんはもう少し私に猶予をくれても良かったのに。こんなところに蓮が来たら、こういう流れにならざるを得ないじゃん!


「俺のことを、柚香が好き?」

「そうだよっ!」

「こんなダメダメな俺のことを? なんで」

「知らないよ、気がついたら好きになってたんだもん! 蓮がダメダメだから、助けてあげないとって思って見てて……でも蓮は凄い頑張ってたのを私知ってたから」


 多分、途方もない夢に向かって全力であがこうとしてる蓮のことが眩しくて、気がついたら本気で応援したくなってたんだ。


「柚香」


 ゆっくりと、蓮が私の名前を呼んだ。その先に何を言われるかわからなくて怖くて、きゅっと目を瞑る。


「俺、ファンに悲しい思いとかさせたくない」

「うん」


 そうだよね。蓮はアイドルだもん。ファンが恋人みたいなものなんだよ。だから私は――。


「だから、絶対不祥事とか起こさない。もし柚香が俺と付き合ってくれたら、堂々と交際宣言する。ファンに認めてもらう」

「だからダメだよね……って、ええええええ……」


 予想外というか、斜め45度の言葉が返ってきた……。

 交際宣言って、付き合うのもう決定ですか。あ、いや、その前に「付き合ってくれたら」って言われたか。……ええっ!?


 びっくりして目を開けたら、大真面目な蓮の顔がそこにはあって――でも、まだ女装中なんだよこいつは!!


「俺は柚香が好きだし、一生掛かっても返しきれないほどのものを既に与えてもらったと思ってる。最近さ、家から走って学校来てるけど息切れとかしないんだよ。最初は辛かったけど、柚香が本気で俺のためになることをしてくれたおかげだ。

 だから、俺と付き合って欲しい。一番近くで、俺が夢を叶えるのを見ててくれよ」


 心臓が、うるさい。

 なんだろう、メモリが足りてないみたいに思考がまとまらない。ただ、妙にふわふわとする。


「ダメか?」


 私を覗き込む蓮が心配そうな顔をするから、思わずその偽胸に頭突きをしてやった。


「ぐおっ」

「ダメじゃない、ダメじゃないし嬉しいけど、……なんで、なんで今蓮子さんなのよーっ!」

「仕方ないだろ! 着替えようとしてたところだったんだから!」

「倉橋くんめ! 今度道場でコテンパンにしてやるっ!」

「やめてやれよ、あいつ、自分が傷ついても俺たちの橋渡ししてくれたんだ」


 うっ……そう言われるとどうにもできない。倉橋くんってそういう人だよ。優しくて周り見ててさ。

 でも私が好きになったのは蓮だったんだ。


「……その、交際宣言とかしなくていいから」


 私が羞恥で真っ赤になりながら声を絞り出すと、蓮は真顔で首を傾げてる。ああ、もうっ、こんな時だけど顔がいいな!


「なんでだよ」

「恥ずかしいじゃん、それに付き合ってますって宣言した後別れたときどうするの? 別れましたって報告するの?」

「えーと、俺OKしてもらったんだよな? なんで付き合い始めて数秒後に別れる話ししてんの?」

「蓮はミュージカル俳優になるよ。凄い努力をしてるのわかってるもん。聖弥くんとは夢に掛けてる執念が違うもん。……これから、もっと美人の女優さんとかいろんな人と出会うんだよ。どうなるかわからないじゃん」


 ずるいな、私。これ予防線を張ってるんじゃん。蓮は華やかな世界に行くんだから、私と違う世界の住人になっちゃうからって。いつか壊れるとしたら、誰にも付き合ってたことも別れたことも知られたくないって思っただけじゃん。


「おまえ風に言うと、自分の感情はずっと信じてられるのに俺の感情は信じてられないって言われてんの、すっげえ解せぬわ」

「……っ」


 ……バレてる。くっ、蓮と時々思考回路が被るから、こういうの見抜かれちゃうのか!


「わかった。とりあえず教室戻るぞ」


 ちょっと目が据わった蓮が私の手を握って……あ、手を握られるのって2回目だな。

 金沢さんに武器を作って貰いに行くとき、「手、繋いでくれねえ」って言われたっけ。

 あの時はロマンスの欠片もないとか思ったけど……私、全部全部覚えてるんだ。

 以前は私が前を歩いてたけど、今前を歩いているのは蓮。


 大会議室に鍵を掛けて、同じ階にあるうちのクラスに……このまま行くの!?

 教室が近付いてくるにつれて私はちょっと焦ったんだけど、蓮は構わずにずんずんと歩く。

 そして教室のドアをガラッと開けて――。


「俺たち付き合うことにしましたー!」


 わー!!!! 突然何を言うんだ、こいつは!! バカなの!? 知ってたけど!

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