長机を元の配置に戻して、こまごましたものはアイテムバッグに入れて。うん、やっぱりアイテムバッグ便利だなー。
「鍵掛けちゃうけど大丈夫?」
「うん、大丈夫……って、あれ、スマホがない! 私ちょっと探してから戻るね」
「あ、じゃあ鍵預けるね。後で私から職員室に返しとくから、施錠終わったら教室で私にちょうだい」
「りょうかーい」
柴田さんから鍵を受け取って、大会議室の中をスマホを探してウロウロする。
さっきいつメンで写真撮ったときにはあったよね……その後どこかに置いたっけ。
「柳川、まだ片付けてたの?」
「いや、スマホ見つからなくて」
何故か大会議室に倉橋くんが戻ってきたけど、私のスマホがないと聞いてそれは大変と一緒に探してくれた。
「ないなあ……」
「テーブルの下も見たし、ホワイトボードのところも見たし……まさか、アイテムバッグに間違って入れてたりしない?」
「ええっ、そんな………………」
まっさかー、と思いつつアイテムバッグを覗き込んでみる。案内の看板や使い切らなかったお茶っ葉とかに混じって、よく見たらありましたよ私のスマホ!
「わー、あった! 倉橋くん凄い!」
「いろいろ入れてたから、ついでに入れちゃったんじゃないかと思ったんだ」
「ありがとう、助かったよー。あ、そうだ、倉橋くんの和風メイド、やっぱり似合ってたよ!」
倉橋くんはもうメイクも落として制服になってるから、女装してるうちはなかなか言えなかった感想をやっと言えた。
ウィッグまで被ってた割に師範とかに褒められるとちょっと嫌がる素振りしてたから、なんか言いにくかったんだよね。
私が褒めたら、倉橋くんはちょっと肩をすくめて、照れた様に軽く笑った。
「それはその……柳川が似合いそうって言ってくれたから」
「それで和装やるって決めたの?」
「うん。柳川の執事も……その、可愛いよ。村田さんも言ってたけど、アリスのウサギみたいで」
「むっ、彩花ちゃんとかはかっこいいって言われるのに、私あんまり言われなかったなー。あいちゃんとか寧々ちゃんもそれなりにかっこよかったのに」
「いや、だって……仕方ないんじゃないかな。柳川は、強いけど可愛いから」
ふぁっ!?
え、私今なんて言われました!? 可愛いって言われた!?
配信とかでは文字としては見るんだけど、同じクラスの男子の口から出たと思うとびっくりなんだけど。
私が驚いて倉橋くんを凝視していると、倉橋くんは困った様に視線を逸らしている。
「俺は、柳川は可愛いと思ってる」
「あ、ありがと」
漂う変な緊張感。困った、なんと言ったらいいかわからない。
数秒沈黙が落ちた後、倉橋くんがいきなり真っ正面から私のことを見つめた。その目が強くて、私は半歩後ろに下がる。
「柳川のことが、好きなんだ。もしよかったら、付き合って欲しい」
「えっ……」
頭の中が真っ白になった。今まで言われたことのない言葉が、リフレインする。
倉橋くんが私のことを好き?
仲がいいとは思ってた。友達としては好き。だけど、だけどそれは「付き合う」という好きかと言われたら……どうなの?
「ごめん」
私が呆然としていると、何故か倉橋くんに謝られた。ちょっと前の強い目の光は翳って、痛々しい感じの薄い笑いが口元に張り付いていた。
「泣かれるなんて思ってなくて……。失敗したなー、そんな悲しい顔されるなら、告白しなきゃよかった」
「泣いて……? あ、やだ、ほんとに泣いてる」
「自分でわかってなかったの?」
倉橋くんに言われるまで、私は自分が涙をこぼしていることに気づかなかった。それと、悲しい顔をしていることも。
「ごめんね、倉橋くんのことは仲のいい友達だと思ってるけど、付き合うとかそういうのは全然考えたことなくて」
「柳川はさ、安永のことが好きなんだろ?」
私の言葉に続いた倉橋くんの言葉を聞いた瞬間、息苦しいほど胸が痛くなった。
急にドクドクと心臓が脈を打つ音が体中に響いて、手のひらに冷たい汗が滲んでくる。
「なん……で」
なんで気づかれたの? 自分でもよくわかってなかった感情に。
――ああ、そうか、倉橋くんはそれだけ私のことを見てたんだ。
「わかるよ、わかっちゃうんだよ。体育祭の時に俺が柳川の手を引いて退場しようとしたら、安永が『クリスティーヌ!』って叫んで号泣したじゃん。――あの時、振り向いた柳川はガチで一瞬戻ろうとしてた。ファントムの、安永のところへ」
「……うん」
「俺は俺として、ラウルとして、絶対戻らせるわけにいかなかった。……だからお姫様抱っこなんてして強行突破しちゃったけど。ははっ、多分もうあの時既に失恋してたんだよな……」
「ほんとだ……私あの時、クリスティーヌじゃなくて私として戻ろうとした。だって、蓮があんなに悲しい声で呼んだから――今頃気づいたよ、自分の気持ち。ごめんね」
私があの時純粋にクリスティーヌだったら、ファントムを選ぶはずがないのに。
いい演技だって褒められたけど、私のあれは演技じゃなかった。
「こっちこそごめん。本当はさ、この気持ち抱えてるのがもう辛くて、自分に引導渡したかったんだ。ひとりで納得してスッキリして、なのに柳川泣かせてたらどうしようもないよな」
「嫌いじゃない、むしろ倉橋くんのことは好きなんだよ。でも」
「恋愛の好きじゃないって自分でもわかってるんだよな」
なんで、なんで倉橋くんはそんな優しい顔するの。
振られたのは自分なのに。
「俺、先に教室に戻ってる。柳川は落ち着いたら戻ればいいよ」
「……うん、ありがとう、そうする。……ごめんね、倉橋くん」
「あー、もうごめんって言わないでさ、また道場で剣交えたり、ダンジョンでランバージャックしたりしようよ。『武士の会』でダンジョン行ったりとかも楽しそうだしさ」
「そうだね、刀使いだけで行くのも楽しそう」
半ば無理矢理に笑顔を作って見せたら、倉橋くんは一瞬やっぱり辛そうな顔をして大会議室から出て行った。
ひとり残された私は手のひらで鍵をいじりながら、ついさっき気づいてしまった自分の感情に振り回されている。――うん、いつからかわからないけど、私は蓮の事が好きだった。
でも今の関係を壊したくなくて、ずっとそこから目を逸らしてた。だって、急にY quartetから私がいなくなったりしたら、蓮が困るじゃん。蓮だけじゃなくて聖弥くんも困るし。
ああ、どうしたらいいんだろう。これから蓮の顔をまともに見られなくなったら困る。ていうか私、顔がいい顔がいいって言いすぎだよね!? あれって感情ダダ漏れだったのでは?
大会議室のホワイトボードの前で煩悶していたら、ガラリとドアが開く音がした。私が驚いて振り返ると、そこに立っていたのは今一番会うのが気まずい蓮だった。