「ていうか、美人だけど声低っ!」
「第一声がそれかよ」
私の率直な感想に、一瞬前に被ってた猫を脱ぎ捨てていつもの口が悪い蓮が戻ってくる。
「やべえ……変な扉開きそう」
「うん、変な扉開きそう」
そんな風に誰かが言ったけど、これも男子と女子では意味が大分違うなあ。
「……僕もウィッグ用意してくる。蓮に負けられない」
うわー、聖弥くんが対抗心燃やし始めた! 横顔がキリッとしてて決意に満ちあふれてるよ!
「アイリちゃん、僕に似合うウィッグ選びとかメイクとか教えてくれないかな」
「えっ? まあいいけど。楽しそうだから」
さらっとあいちゃんを引き込んでやがる……由井聖弥、本当に行動に裏があるなあ。
「どうだ?」
蓮はどうだ、と言いつつ完璧なのはわかってるんだよね。鼻の穴膨らんでるもん。
「言動にさえ気を付ければ言うこと無しの美女」
「ああっ! ボクもメイド服にすれば良かった! 女装は得意なのに! ゆずっちに美女と言われたい!」
私の本心からの評価に対して、元々女の子の彩花ちゃんがとち狂った発言をしてるけど、それはまあ無視しておいて。
「長谷部さん! その執事姿最高だよ! ファンクラブが大量注文してくれるよ!」
「安永! 一緒に写真撮ってくれ!」
「俺も!」
メイド服を着たがる彩花ちゃんを女子が必死で執事服に戻ってこいと説得し、男子は錬子さんと肩を組んだりして密着写真を撮ろうとし……うーん、浅ましい。
でもこれはママが見たら喜ぶ奴だから、私も1枚撮っておこうかな。そしてママに送信。
すぐに笑い転げる猫のスタンプが返ってきましたよ。速いなあ。
「ちょっと待って、一旦僕のメイド服材料変換してもらっていいかな。偽胸作ってからサイズ測り直すから!」
「おおおー。SE-REN揃って本気の女装かー」
「他の男子を見てたときは絶望したけど、これは集客に期待が持てるね」
顔がいい以外は特にアイドルとして取り柄のないSE-RENが、本気の女装……。
私は思わずごくりとツバを飲み込んだ。蓮は自分の顔のいいところを熟知してるからメイクもうまいんだけど、聖弥くんは良くも悪くもナチュラルというか、メイクまで手を出してるとは思えない。
でもそこにあいちゃんという参謀を付けたから、もうこれは約束された勝利なんだよね。元々顔の系統でいったら蓮の方が男顔なんだし。
これはもう文化祭はX‘sで告知するしかないね。知ってる人だけ来ればいいから、学校名とかは載せないで投稿するけど。モブさんとかは狂喜しそう。あ、ある意味瑠璃さんも狂喜しそう。「お帰りなさいませ、お嬢様」って言ったら召されちゃうかな。
サイズとかが大丈夫なことを確認できたので、試着会は一度お開きになった。前田&中森をこれ以上見たくないっていう理由が結構大きかったけどね。
蓮はメイク落としがあるから少し時間が掛かったけど、ジャージに着替え終わったら試飲会の続きが待ってる。
一応飲食店だけど手の込んだことを教室でやることは難しいから、設備その他の事も考えた結果、メニューは市販品をそのまま移し替えて出すジュースや電気ポットを使って提供できるお茶・コーヒー類と、ちょっとお高めのクッキーのセット……で終わるはずだったんだけど。
クラフトって、もうこの段階から凝り性が多いんだね……。
コーヒー紅茶日本茶、どれも妙に凝ってる人がいる!
コーヒーは金子くんが注文を受けてから豆を挽いてペーパードリップで淹れるし、紅茶はあいちゃんと寧々ちゃんがティーポット持ってくるしティーコジーは手作りしてるし。
意外だったのは、柴田さんがすっごい丁寧に緑茶を淹れること。
「何意外そうな顔してるの」
柴田さんの手元をじーっとみてたら、フンと鼻を鳴らして柴田さんがちょっと不満そうに私に向かって言う。
「あ、バレた? いやー、趣味が渋いなって思って」
「うち、祖母の代からお茶道楽で、煎茶の淹れ方は小学校の時に徹底的に教えられたの。クラスで――いや、学校で一番美味しい緑茶を入れる自信あるよ」
ちょっと強気な発言をしながらも、柴田さんの手は一度急須に入れたお湯を湯飲みに移し、温まった急須に茶葉を入れてと忙しい。
柴田さんは何度かお湯を別の器に移動させてから急須に入れて、揺らしたりせずにきっちり時間を計り、急須から最後の一滴まで湯飲みに注ぎきって「よし」と頷いた。
濁りがほとんどない明るい黄色のお茶は、ほわんと落ち着く香りを立てている。なんか、本格的だー!
「はい、試飲どうぞ」
「やった! いただきます」
「学校の湯呑み茶碗は中が白い奴だから、
「こ、こだわり凄っ」
すいしょくとかそんな言葉初めて聞きましたが。
緑茶ってペットボトルの以外は熱くて苦いイメージがあったけど、柴田さんの淹れたお茶は程良い温かさで苦みがほとんどなかった。苦みよりも甘みとか複雑な味がする。
「美味しいー! こんなお茶初めて飲んだー!」
「本当だ、味が違う」
「温かいお茶なのに苦みが全然ないね」
私以外からも絶賛されて、柴田さんはそうでしょうそうでしょうと得意顔だ。
「濁りがどうこう言ってるペットボトルのお茶があるけどね、私に言わせれば濁りなんて茶葉次第なの! 深蒸しだったら茶葉が砕けやすいから濁りが出ても当たり前。でも足柄茶みたいに浅蒸しだったらこうやって透明なお茶になるの。それでもうまみは出るんだから。逆にこの茶葉で濁り出そうと思ったら、急須振りまくらないと出ないよ」
「わー、全然用語がわからない」
「柴田さんがお茶に凄いこだわってることは理解出来たよ」
クラフトの人から見ても柴田さんのこだわりはちょっとわかりにくいらしくて、人によっては若干引き気味だ。
あいちゃんと寧々ちゃんの紅茶は……よくわからなかった。コーヒー紅茶緑茶の中で一番わからなかった。
でも普通に美味しかったからいいんだろうね。
わからないと言ってる連中に腹を立てたのか、柴田さんが急須にポットから直接お湯を注いで二煎目を出した。それを試しに飲んだ人たちが苦いと呻いてる。
「お茶の味は温度で決まるの! 私の他に3人は淹れ方を覚えてもらうからね!」
うんうん、文化祭当日は交代要員が必要だもんね。
金子くんはずっとコーヒー淹れててもいいって言ってたんだけど、どうしても交代要員を用意しろって言われて聖弥くんを指名してた。
確かに聖弥くんならすぐ覚えて美味しいコーヒーを淹れそうだよね。
紅茶の交代要員も決まって、試着会&試飲会は無事――とは言えないけどお開きになった。
これから聖弥くんのウィッグ選びとメイクテストがあるけどね!