「というわけで、体育祭が終わりましたー!」
「期末テストもうすぐだけどねー」
「こんばんはー、ミレイでーす! 覚えててくれてる人いるかなー?」
体育祭が終わった熱気が冷めやらぬうちにと、翌日の夜うちで雑談配信をすることになった。
ゆ~かチャンネルでやるけど、あいちゃんや寧々ちゃんのチャンネルにも告知出してるから、そっちから来る人もいる。
メンバーは私・あいちゃん・寧々ちゃん・五十嵐先輩・滝山先輩の5人だ。3年生のふたりはourtuberじゃないけど、五十嵐先輩は例の鎌倉ダンジョン事件の時に出てるし、滝山先輩は演劇関係の道に進むことを決めたそうなので、顔出しOKとのこと。
わちゃわちゃお喋りしたかったから、カルロッタ役の西山先輩とかも誘ったんだけど顔出しNGだって。残念。
「はい、メンバーはご存じ私の幼馴染みのあいちゃんと、クラスメイトの寧々ちゃん。それと冒険者科の先輩のミレイ先輩と……あっ、なんて呼んだらいいです?」
「先にそこ確認しておくべきだったねー! 普通に名前で呼んでいいよ」
私のちょっと手際の悪い紹介に、滝山先輩は笑う。
クリスティーヌを演じてる間に、滝山先輩とは結構仲良くなれて良かったよ。
「え、でも、ほら、ミレイ先輩じゃないですか? 名字でいいんですか?」
配信では五十嵐という名字を使わずに「
「いいよ、名字で」
「あのね、この人の名前、これなの」
五十嵐先輩がA4の紙を取り出してぺらりとカメラに向ける。わざわざ用意してきたんだー!?
紙には「真珠」と書いてあるけど――。
「しんじゅ……ですか?」
「ノン」
「じゃあ、まじゅ?」
「ノンノン」
普通に読んでみたあいちゃんと寧々ちゃんは五十嵐先輩に否定されて、ちょっと戸惑ってる。
「ヒントは、誕生日が9月3日ってことかな」
9月3日……クミ、じゃなさそうだし?
誕生日からすると乙女座だなあ。乙女座がヒント?
と私が考えているところで、あいちゃんが思いっきり立ち上がった。
「スピカだ!! スピカって真珠星とも言うんだもん!」
「そうだよ! 冒険者科クラフト専攻3年、滝山
ブチ切れ気味の滝山先輩が、五十嵐先輩の用意した紙を雑巾絞りにした後画面外に放り投げた。
スピカかぁ……。乙女座の青白い一等星だね。響きだけならキラキラしてた滝山先輩っぽい名前なんだけど、「真珠と書いてスピカ」って言われると一瞬反応に戸惑ってしまう。
雑談配信だけど、あいちゃんが顔出ししてるということでおわかりいただける通り、全員きれいめメイクをして、髪型もいじってるし服もこだわってる。
寧々ちゃんと私とあいちゃんは、昨日の体育祭で着たクリスティーヌのドレス。滝山先輩はマダム・ジリーで、五十嵐先輩はファントム。彩花ちゃんの着てた、女子用に作った唯一のファントムの衣装だね。
『ゆ~かちゃん、こんばんはー』
『なんか豪華なメンバー』
『リアル縦ロールだ』
『ドレス着てる!』
『体育祭でドレス着たのか?』
『スピカwww 早速面白いことやってるな』
初配信なのに「自分の名前が書かれた紙を、雑巾絞りにしてぶん投げる」というかっ飛ばした行動を見せた滝山先輩、既に面白い認定されているよ。
「まあ、最近ダン配できてなかったので、言い訳の場をこのように用意させていただいた次第でございます」
「全くもってその通り。私もコーデ動画の更新できなかった。体育祭がこんなにきついなんて思わなかった」
「私もクラフトしてる余裕はありませんでした」
1年生が3人揃ってカメラに向かって頭を下げる。
「説明しますとー、うちの学校の体育祭、熱の入り方が異様で。もうこれは伝統らしいんですよ。昔は体育祭と文化祭を年ごとに交互にやってた時期があって、その頃は『体育祭2回の学年は現役合格率が落ちる』って言われてたそうです。私の母情報」
「ミレイ先輩のお母さんって、うちの学校の卒業生なんですか!?」
「うん、2代続けて同じ高校ー。まあ、母の時代は普通科しかなくて、私は冒険者科だからいろいろ違うところはあるんだけどねー。母の頃は3学期制で今は2学期制なのに、行事がほとんど変わってなくて、なんなら1年の間に文化祭も体育祭もやる様になった分大変になってるって」
「うわー、時代に逆行してる」
北峰、行事がなんでこんなにあるんだろうと思ってたら、そういうことなんだ。伝統なんだね。
でも、進学校なのに球技大会とかにすっごい熱が入るその校風、私は好きだなあ。普通科じゃないけど。
「体育祭ね、何が大変だったかって、マスゲームが独特で大変だったの。夏休みに鎌倉ダンジョンに行ったとき、ミレイ先輩が『配信できなくなるかもー』とか言ってたでしょ? 本当にその通りで!」
「あと、滝山先輩の勢いが凄かったよねー。3年生ってそんなに体育祭に情熱傾けてるんだーって最初に一撃入れられた感じ」
「アイリちゃん、アイリちゃん、猫……」
5人いるせいか、いつも配信の時に被ってるはずの猫が完全に剥がれてて、あいちゃんは寧々ちゃんにこそっと耳打ちされて「やばっ!」って顔で口を押さえた。
いや、多分遅いね……さっき「スピカだ!」って叫んだところからもういつも通りのあいちゃんだったもん。
「もう、あいちゃんの白猫は今日は家出してるって事でいいよ。ここで問題です! 今日着てるのはマスゲームの衣装なんだけど、私たちのテーマはなんだったでしょうか!」
『マスゲームにテーマがあるの?』
『オペラ座の怪人!』
『オペラ座の怪人以外に何があるとw』
『ミレイの付けてる仮面が、何も隠すつもりがないwww』
うん、やっぱり速攻バレたね。ファントムじゃなくてカルロッタとか着てたらバレなかっただろうけど、まあこういうお約束展開も必要って事で。
「そう、オペラ座の怪人でした! 滝山先輩がシナリオ作って演出はほとんどやって……どんだけオペラ座の怪人好きなんですか?」
「うんうん、私も疑問ー。滝山ちゃんが3年間オペラ座の怪人に掛けた情熱は凄かったもん」
一応進行役っぽい役目になってる私以外に、五十嵐先輩もずっと疑問だったらしくて質問してる。
「うーん、うちねえ、おばあちゃんがミュージカル好きで結構DVDが家にあったのね。こどもの頃から天ラブとかマンマ・ミーア! とか見て育ったんだけど、オペラ座の怪人のあの世界観がビビビっときて」
「あー、天ラブって、『天使にラブソングを』ですよね? うちにもありますよ」
「天ラブは名作だよねー。見るのは好きだったけど、歌とかダンスはそれほど凄くできるわけじゃないし、見る専門だったんだよね。オペラ座の怪人はそりゃあ好きだったけど、一番好き! ってなったのは、25周年記念公演のBlu-rayを見てからかな。初代クリスティーヌの歌が凄くて鳥肌立っちゃって」
滝山先輩の話を妨げない様に、私はうんうんと頷いた。
それ、初代クリスティーヌの歌。あれは凄かった。
クリスティーヌが分からんって思いながら見てたときにママにカーテンコールの部分早送りされて、そこだけ何回も見せられたんだよね。というか、見たいママに付き合わされた。
役の理解には関係なかったけど、確かに鳥肌物だった。
「……で、念願叶って冒険者科のテーマはオペラ座の怪人になったわけですよ。しかも、ゆ~かちゃんや蓮くんとかがいるでしょ?
『ゆ~かちゃんと蓮くんの生歌唱!?』
『マスゲーム、とは……』
『それはもはや文化祭でやることなのでは?』
コメント欄は私と蓮の生歌唱に反応したり、根本的なところに疑問を呈してきたり、なかなか盛り上がっていた。