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第159話 オペラ座の怪人

 お昼休み、偶然普通科に通ってる中学時代のクラスメイトに会ったけど、凄いぐったりしてた……。この暑さだもん、バテるよね。

 お弁当食べられない、飲み物しか飲めんって嘆いてた。

 うーん、各組の陣地という名の待機エリアはテントの下になってて直射日光は遮られてるけど、それでも空気の暑さはどうにもならない。


 だけどそこはそれ、冒険者科はそれでもご飯は食べられるんですよ。

 蓮なんか「金時山よりマシ……金時山よりマシ」って、うつろな目で繰り返しながらサンドイッチ食べてた。


 午後の競技は、橙組のマスゲームで始まる。タイトルは「シンデレラ」。シンデレラでなんでオレンジ? と思ったらカボチャの馬車が思いっきりオレンジ色だった。なるほど!

 どうも橙組もうちと同じく、去年の赤組のやり方をお手本にしてるらしくて、舞踏会のシーンでシンデレラと王子のダンスが本当にそれっぽくて凄かったなあ。


 そんなのを横目で見つつ、クリスティーヌはピンク色のドレスを着て、裾のスパンコール部分に刺繍リボンを貼って隠して、それから髪のセット。

 うん、前回よりも完成度がアップしてる。さすがクラフト専攻の滝山先輩。


 待ち時間の間に準備はバッチリだ。

 やっぱり終わった途端彩花ちゃんに抱きつかれたけど。


「おお、私のクリスティーヌ!」

「彩花ちゃん、本番のどさくさに紛れて、私の手を取って逃げて『私のファントム』の座を奪おうとしたら……どうなるか分かってるね?」


 ドスの利いた私の声に、道化師の衣装に身を包んだかれんちゃんが顔を引きつらせている。


「いや、柚香……さすがに彩花だってそんなこと考えてないでしょ」

「チィッ! さすがゆずっち、お見通しだったか!」


 かれんちゃんがせっかく常識的に擁護してくれようとしてたのに、被せる様に心底悔しそうに彩花ちゃんが舌打ちした。

 やっぱり狙ってたか!


「嘘でしょ、本当にそんな事しようとしてたの!? 彩花、バカじゃないの!? 進行おかしくしたら後でボコられるんじゃない!?」

「いや、彩花ちゃんは返り討ちにできる自信あるんだよ……てか、略奪で婚姻が成立する時代の人間か!」

「えーん、だってだってー」

「長谷部さん……」


 駄々をこねつつ言い訳をしようとする彩花ちゃんの肩を、寧々ちゃんがとんとんと叩いて振り向かせる。


「やっぱり、私がクリスティーヌじゃ嫌なんだよね……柳川さんじゃないとダメなんだよね。ごめんね、私で」


 しゅん、とする寧々ちゃんクリスティーヌは、可憐! そして可哀想!!


「寧々ちゃんにこんな顔させるなんて、彩花ちゃん酷い」

「ぎにゃー! ち、違うのー。法月さんが嫌なんじゃなくてー、えーと、えーと……ううっ……ワガママ言ってごめんなさい」


 目を潤ませた寧々ちゃんの言葉で、彩花ちゃんは土下座して謝った。私と寧々ちゃんは、彩花ちゃんが下を向いてる間にふたりでガッツポーズ。


 これ、朝一番に寧々ちゃんに頼んでおいたこと。

 あらかじめ目薬渡しておいて、「私が鎌をかけてみるから、彩花ちゃんが暴挙を働こうとしてたらこう言って止めて欲しい」って演技指導しておいた。

 彩花ちゃんは女の子には優しいから、目薬にもころっと騙されちゃったね。


「はいそこー。何やってんの! 長谷部さん、衣装汚さないでよ!」


 速攻滝山先輩に怒られてるわ。ファントムはタキシードに黒マント、そしてあの顔の右半分を覆う仮面なんだけど、黒いから土が付くと目立つんだよね!

 丹念に土を落とされながら、彩花ちゃんはエンドレスお説教をされていた。



 グラウンドの中央には布を掛けられたシャンデリア。

 その後ろに隠れる様に、10人のクリスティーヌが縦1列に並んでしゃがんで待機している。


 オペラ座の怪人のメインテーマが流れ始めたところからタイムカウントが始まって、10分間の演技だ。

 今はボードはオペラ座の面。大体誰もが聞いたことあると思うあのメインテーマが流れる中、カルロッタ役の西山先輩が豪華なドレスで堂々と歩いてくる。


 白い布を外して、一番の大道具であるシャンデリアが吊り上げられる。これは待機中のラウルの仕事。そして、グラウンド中央で歌う振りをしているカルロッタの後ろでクリスティーヌが踊る。


 ――そうして、黒組の「オペラ座の怪人」は幕を開けた。



 音楽に合わせて、ラウルとふたり一組で踊ったり、ファントムの列と一緒になって大移動したり、その間にボードは裏面の蝋燭に囲まれたオルガンになったりと忙しい。


 カルロッタの上にシャンデリアが落ちてきたシーンでは、初見らしい保護者とかからどよめきが上がったり、なかなか盛り上がってる。

 所々個人単位で見ればミスも出るけど、全体的には目に見える様なミスはなく、転調とかを使って演技はクライマックスに向かって盛り上がっていく。


 そして「エンジェル・オブ・ミュージック」のメロディに合わせて、私と蓮の生歌唱のクライマックスがやってきた。


「クリスティーヌ、私の音楽の天使。どうか私の手を取って。愛している。結婚しよう」

「エンジェル・オブ・ミュージック、私に翼授けてくれた音楽の天使。あなたに心寄せたこともあったけれど……」


 凄く熱い目で見つめられていて、こっちも胸が締め付けられる。でも、私が愛してるのはラウルだから。


「クリスティーヌ、おお、クリスティーヌ! おまえがいなければ生きていけない! 私を選ばなければあの男を殺してやろう!!」


 蓮、すっごいな……歌に載せてこんな演技ができる様になったんだ。

 仮面を外した顔には汗が流れてるけど、クリスティーヌに向ける切ない表情と、ラウルに向ける憎しみの籠もった表情の落差が凄い。


 ファントムがラウルに向かって勢いよく手を振ると、ラウルの首をロープが絞めて、ラウルはそれに必死に抵抗している。ここはラウルが小道具を使った自作自演なんだけど、倉橋くんも苦しそうで「え? 大丈夫? 本当に締まってない?」って心配になってしまう。


「私の本当の心を、今見せてあげるわ!」


 そしてクリスティーヌは、ラウルの命を助けるためにファントムの手を取り――あっ、勢いつきすぎて手の甲にキスする振りだけのはずだったんだけど、キスしちゃったよ……。というか、口をぶつけたというのが正しいか。


 ファントムの驚愕に満ちた――うん、これは蓮なのかファントムなのかよくわからないけど、物凄く驚いてる表情を引き出せたから結果オーライだね!


 クリスティーヌの「本当の心」を見せつけられたファントムは、ラウルの首のロープを解き、ふたりに向かって「ここから去れ」とうなだれながら告げる。

 クリスティーヌとラウルは手に手を取って走って逃げて行く……というところで。


「ああ……クリスティーヌ、クリスティーヌ!! ううっ……」


 メインテーマが流れる中、クリスティーヌとラウルは去り、他のファントムは赤いセロファンを放り投げて火の海の中に倒れる中で、蓮だけが絶叫して、号泣している。


 えっ、蓮が泣いてる!? と思わず振り返ってしまったら、「クリスティーヌ!」と叫んだ倉橋くんに――ひゃっ! お姫様抱っこされたー!

 びっくりしてるうちに退場ゲートまで走りきられて、そこで降ろされる。

 グラウンドの演技エリアに残ったのは、倒れ伏すファントムたち、そして地面に手を突いて号泣している蓮。

 そこに、はらはらと赤いセロファンが降り注いでいる。


 音楽が止まってから、数秒間があって大歓声と拍手が降り注いだ……。



「なんだよ、見るなよ」


 陣地に戻ってきたファントムの中で、やっぱり蓮だけ目が赤くて鼻をすすりながら戻ってきたから、あれガチ泣きだったんだよね?

 何故か、演技前までは蓮のことを敵視しかしてなかった彩花ちゃんが、蓮の背中をさすってる。


「きつかった……ファントムが入りすぎて、クリスティーヌが去って行くのを見ててたまらなくなって泣けた。自分で『ここから去れ』って言ったのに」

「いや……よくやったよ安永蓮。ボクも泣く自信あるもん、あのファントムだったら」

「蓮の渾身の演技、凄かったよ」


 聖弥くんも蓮を讃えてるけど――うん、凄かったよ。演技賞って部門があったら絶対取れてたと思う。ないけどね。


「倉橋くん、私をお姫様抱っこしたのはなんで?」


 蓮のも凄かったけど、こっちもびっくりしたからね。


「だって柳川、振り向いて立ち止まりかけてたじゃん。クリスティーヌ的にはOKかもしれないけど、そしたら俺も『ラウルらしい』行動を取るしかなかったから」

「お姫様抱っこは心臓に悪いよ……せめてお米様抱っこにして欲しかった」

「それは演出的にNGだと思う。恋人同士っぽくて良かっただろ? ぐえっ!」

「貴様は! 貴様は許さん!!」


 彩花ファントムが倉橋ラウルの首を絞めてる……。

 こっちの方が解釈一致だなあ……。

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