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第157話 体育祭前夜

 体育祭の前日は設営だ。特にボードが大変なんだよね。ベニヤ板6枚使ってるから。

 前夜祭とか後夜祭とかはうちの学校は特になくて、「本番一発力の限りィ!」って感じ。


 さすがに今日は蓮と聖弥くんはボイトレだけにして、明日に備えて帰って行った。

 私はランバージャック稽古があるのでそっちに行くけどね!


「イエエァアアァァァ!!」

「キエーッッッッ!!」

「倉橋、柚香、猿叫するなって言っただろう!」


 私と倉橋くんは声出しまくって立石師範に怒られた。でも、今日だけ許して欲しい!


「すみません、明日体育祭で、今まで大変だったからストレスが溜まっててつい」

「ああ、もうそんな時期かー。でも、練習だからいいと思ってやってると、本番でも出るからな。ダンジョンにいる以上、稽古であっても今が本番だ。だ・か・ら! 叫ぶな!」


 ぐう正論。確かに、練習と本番を分けて考えると良くないんだよね。


 その日も木刀でヘビや化けきのこをあしらいつつ、ダンジョンの木を伐採しまくった。あー、スッキリした。



「俺さー……」


 ランバージャック稽古の後にウッドデッキに座りながらジュース飲んでたら、隣に倉橋くんが来て座ってぼやき始める。


「柳川と安永ってある意味芸能人じゃん?」

「芸能人じゃありませんが?」


 ourtuberではあるけど、芸能人であったことは一瞬たりともないね。


「あ、言い方変える。俺たちの組の中で、俺だけ普通の人じゃん?」

「まるで私や蓮が普通じゃないみたいに言うなあ」

「自分を普通だと思ってたんですか? 柳川さん」


 うわっ、わざとらしく言われたー! 倉橋くんは結構クラスの中でも穏やかなタイプなのに、嫌味言ったりするんだなあ。


「倉橋くんも十分普通じゃないからね? 合宿の時A指定された人間は、一般の人から見たら化け物だよ」

「そういう意味じゃなくて……柳川って歌もダンスもやってたんだろ? 安永だって売れてる売れてないはともかく、現役アイドルじゃん。俺は一般人で特にそういうこと何もやってこなかったのに、メインふたりと組まされて……なんつーの? プレッシャーだったよ」

「ああ……そういう意味か。前田くんはあいちゃんと聖弥くんと組んでて、同じようなこと思ってるのかなあ?」

「いや、前田はチーム『ビジュアルがいい』じゃん? 俺より背が高いし、結構顔もいいし、映画版のファントムに一番似てるの前田だと思うから、そんなこと考えてないんじゃないかな」

「あっ、わかる! レオニダス王に似てる! ガッツリ腹筋割れてるし」

「レオニダスって、あのスパルタの。ゲームでなら知ってるけど」

300スリーハンドレツドって映画でレオニダス王をやってた俳優さんが、映画版オペラ座の怪人のファントムなんだよね。だから、私なんとなくファントムって胸板が厚くてガタイがよいイメージがあって抜けなくてねー。蓮じゃなくて前田くんの方が『サインください!』って言いたくなる」

「サインって……まあ、前田はどうでも良くて」

「どうでもいいんかーい」

「俺みたいに演技も歌もできない……っつーか、ラウルは別に歌わないけどさ、そんな普通の奴と組まされて、柳川は不満なかったのかなーって」


 なんか、歯切れの悪い様子で倉橋くんがしゃべってる。

 さてはこいつ繊細だな!?

 私、別に自分と蓮が特別とか思ってないけど。


「私と蓮が組まされたのは生歌唱があるからってだけだよ。いいじゃん、倉橋くんのラウル。私好きだよ、誠実そうで優しそうでさ。

 将来絶対DV夫になって、殴った後『許してくれ、クリスティーヌ!』とか言ってきそうなファントムと大違いじゃん」

「ぶはっ! ファントム言いそう!」


 なんか私と解釈一致したらしくて、しばらく倉橋くんはお腹抱えて笑ってた。

 それが止まった頃、突然微妙な顔になって話が変なところに飛ぶ。


「なんか最近、すっごい安永に見つめられてんだけど」

「なんだろう、恋かな? 気づいたときには視線が追ってたら恋って言うよね」

「いや、違うだろ。あ、そういえば長谷部にもよく睨まれてる」

「それは……うちの彩花ちゃんがすみません」


 男子が絡まなければいい子なんだけどね。時々バーサーカーだけど。

 明るくて強くて、すっごい優しくて。

 中1で同じクラスになった人たちの中で、真っ先に仲良くなったのは彩花ちゃんだったなあ。


「彩花ちゃんに睨まれてるのはさー、前に彩花ちゃんが自分でも言ってたけど、倉橋くんが私のラウルだからだよ。彩花ちゃんは自分がその立ち位置に行きたいんだもん」

「私のラウルって……。やば、その言い方なんか照れる」

「それも明日で終わりだよ! 頑張ろうね、ラウル!」

「クリスティーヌそんなしゃべり方しないだろー? まあ、明日で本当に終わるけどよろしくな」


 私と倉橋くんは拳をぶつけ合って、気合いを入れる。


「青春だなー」

「立石師範、そういうのは聞こえないところで言うもんですよ」


 何故か立石師範が倉橋くんを挟んで私の反対側に座って、倉橋くんの肩を組みながら後方保護者面をしていた。 


******


 最近、気がつくと柚香を目で追ってる自分がいて、「あ、まただ」ってふと我に返る。

 あと、倉橋が妙に気になるんだよな……。あいつなにげに柚香と仲いいし、一緒の道場通ってるせいもあると思うけど、よりによってそいつがラウルとかさ。

 なんか視界の中に倉橋がいると、ついつい観察してしまう。


 俺とは逆で、口が悪くなくて、強いのに穏やかで良い奴。いかにもラウルって感じの倉橋。本当に、いかにもラウルだよな、柚香と仲いいし。


 ……ん? 何考えてるんだ? 俺。別にラウルが誰だっていいじゃん。聖弥がラウルでも良かったけど、聖弥的にはアイリと組んでるのが幸せなんだろうな。あいつはファントム似合わないし。倉橋とは違う意味で、いかにもなラウル。


 マスゲームの練習はほぼ毎日あるけど、最後に倉橋が柚香の手を引いて去って行くシーン、マジで辛い。胸がぎゅーってなる。

 それに、あれ反則だろ、リハーサルでいつもポニーテールの柚香が髪の毛降ろして巻いてた時。

 柚香は演技もうまいから、クリスティーヌやってるときはいつもより100倍お淑やか……いや、普段はマイナスだから、マイナスにはマイナスを掛けないとプラスにならないか。


 ――いつもと違う柚香を見て、今更「あ、こいつ可愛いんだ」って気づいた。


 お約束の様に長谷部がすっ飛んでっていちゃいちゃし始めたから、なんかイラッとしちゃって「俺のだから」なんて口走ってて。


 俺のクリスティーヌだから。だけどさ。

 俺にとって柚香って女子の中ではやっぱり特別だから。いや、「女子の中では」じゃなくて、聖弥以外に――もしかしたら聖弥以上に、ずっとずっと特別な存在。


 見間違うわけ、ないじゃん。根拠のない自信だけど。


 とりあえず、早く明日になって体育祭終わってくれ。

 経験値にはなったけど、ファントムは、辛い。

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