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第156話  リハーサルのどたばた

 体育祭まであと3日。今日はリハーサルだ。

 本番と同じように通しで競技もマスゲームもやって、不具合が出たら調整する。大事だよね、リハーサル。


 馬入ばにゆうくだり以外は本気出すなって先輩たちから言われてたから、そこそこにしておいた。リレーも400メートル走も障害物走も、本気出してないから4位とかだよ。

 まあ、いいんだ。ハンデもあるし、油断させておいた方が良いしね。


 でも馬入下りで八艘飛びを見せたら、他のチームがあからさまにざわついた。

 そりゃそうだよね……。ぶっちぎりで1位だったし。

 ここのポイントは、上を走る私には重りベストというハンデがあるけど、馬役の他の人たちにはハンデがなかったこと。はっはっは、冒険者科を舐めないでくれたまえ!



 マスゲームは午後の最初の種目なんだけど、くじ引きで順番が決まって黒組は6番目。

 つまり、マスゲームが始まってから50分くらいは準備する時間がある。これは凄いことだよ。


「クリスティーヌの髪巻くからね! 並んで!」


 衣装に着替えたら、即滝山先輩の指示が飛んだ。

 モバイルバッテリーで使えるヘアアイロンと、足りない分はうちから持ってきたコンセントが挿せるタイプのでっかいポータブル電源で普通のヘアアイロンを使って、10人のクリスティーヌの髪を同時に巻く。


 どうも、この計画は滝山先輩の頭に最初からあったらしくて、クリスティーヌ役は髪の長い女子ばかりだった。いやー、くじ引きでトップバッターになったらどうするつもりだったんだろう。


「なんか最近、演出とか楽しくなってきちゃって。進路変更しようかな。芸大に」


 スタイリング剤を付けた私の髪にヘアアイロンを当ててくるくるに巻きながら、滝山先輩がそんな事を言う。手先が器用な人はこのためにヘアアイロン練習してきたんだよね。


「いいんじゃないですか? 滝山先輩才能あると思いますよ。冒険者科に入ったからって、将来クラフトマンに必ずなったり、冒険者をずっとやったりする必要ないと思います。

 私だって、動物園の飼育員になりたくて、テイマーになるために冒険者科に入ったんですし、蓮と聖弥くんだって目指してるのは俳優ですし」

「……いや、そこの3人はちょっと特殊過ぎだから一緒にしないで欲しい。でもやっぱり、私ミュージカルが好きだし、柚香ちゃんと蓮くんの演技や歌がどんどん良くなっていくのを目の前で見てて胸熱でさ、『本当の夢はこっちかもしれない』って思い始めちゃったんだよね」

「夢は途中で変わっても良いって、キュアプリも言ってましたよ、昔!」

「懐かしー、見てた見てた。浪人覚悟で目指してみようかな。学費のことで何か言われたら、中級ダンジョンでも行って稼ぐし」

「あはは。滝山先輩ダンジョンエンジニアできるんですよね? そしたら一緒にダンジョン行きましょうよ。魔石はヤマトにあらかた食べられちゃいますけど、それでも結構稼げますよー」

「ほんと? そしたら浪人前提で、先に学費稼いじゃおうかな。そしたら親も文句言えないだろうし」


 おしゃべりしてる間に、私の髪の毛は綺麗に縦ロールに巻かれた。最後にちょっと崩してからムースで固めて出来上がり。映画やミュージカルのクリスティーヌみたいな、くるくるっとした髪型だ。


「おー、寧々ちゃん可愛い!」

「いやほんと、法月さん化けるわー」


 眼鏡を外していつもの三つ編みから縦ロールになった寧々ちゃんは、物凄いイメチェンだよ! 多分「三つ編み眼鏡芋ジャー」が好きな寧々ちゃんファンは「そうじゃない!」って泣くだろうけど。


「そ、そうかな? 眼鏡掛けてないから、自分では鏡見てもぼやけてるんだけど……」


 ちょっと照れてるところがめちゃくちゃ可愛いので、すかさずあいちゃんが激写してた。それを眼鏡を掛けた寧々ちゃんに見せて、反応を見て遊んでる。


 10人のクリスティーヌの髪のセットができたところで、着替えた他の人たちが合流してきた。滝山先輩は手早く元々三つ編みだった髪の毛を巻き付けて、マダム・ジリーに変身。


「おお、クリスティーヌ! 私と結婚してくれ!」


 早速彩花ちゃんが私のところへすっ飛んで来て、跪いて片手を差し出してくる。だいたい予想通りだね。


「しませんー」

「いや、俺のだから」


 私の塩対応に蓮の声が被る。

 ……ん? 今なんて言われた? 俺のとか言われませんでした?


「そのクリスティーヌ、俺の組のだから。長谷部は自分のクリスティーヌにやってこいよ」


 ファントムの衣装に身を包んだ蓮が、しっしっと手で彩花ちゃんを追い払っている。

 あ、そういう意味ね。「俺の組の」ってことね。


「やだぁー! 髪の毛くるくるのゆずっち可愛すぎるぅー! このまま攫っていきたい!」

「寧々ちゃんも可愛いよ。すっごいいつもと違うの」

「あっ、本当だ、法月さんも可愛いー。本当にいつもと違うね!」


 彩花ちゃんのクリスティーヌこと寧々ちゃんの方になんとか興味を向けられたよ、やれやれ。


「ここまでやるとは、本当に凄いよなー」


 髪型までいじったことに蓮も感心してる。でもそれは演出的には良いけど、不安な点もあるんだよね。

 私は身長も平均的だし、同じ衣装のクリスティーヌの中に埋没しそう。いくら順番に並んでても、これ蓮が間違えたらまずいなあ。


「ねえ、ちゃんと順番通り私の手をとってよね。いつもと髪型も違うし他の人と間違えられそう」

「何言ってんだよ。俺が柚香を見間違えるわけねーじゃん」


 蓮に釘を刺しておいたんだけど、なんか凄いことをさらっと言われた気がする。

 気のせい? と疑問に思いつつ蓮の顔をじっと見ていたら、蓮がハッとして口を押さえた。


「あ……え、えーと。女子の中で一番付き合い長いんだし、だいたいおまえは俺の特別なんだし……って何言ってるんだ俺ー!」

「特別、とは? 人がちょっと目を離した隙になにを乙女ゲーみたいな事言ってんだよこの顔だけアイドルー!」


 いつの間にか背後に忍び寄っていた彩花ちゃんが、蓮の首を絞めている……。


 結局、倉橋くんと聖弥くんも加勢してくれて3人がかりで蓮から彩花ちゃんを引っぺがした。なかなか大変だった。

 ファントムがラウルの首を絞めるならシナリオ通りだけど、ファントムがファントムの首を絞めてるんだもんなあ。


「はいはい、長谷部さん、せっかく倒錯的にかっこいいファントムなんだから、お澄まししててよ。はあ、そのまま演じきればファンクラブくらいできそうなくらいかっこいいのに」

「残念ながら、ゆずっち以外にかっこいいと言われても嬉しくないのです」

「本当に内面はファントムだよね、長谷部さん! 恐ろしいほどのはまり役!」


 バタバタとしている間に黒組の番がやってきて、今まで練習してきた「オペラ座の怪人」を通しで演じる。

 クリスティーヌはピンク色の衣装で可憐に。マダム・ジリーの娘でクリスティーヌの親友のメグは、白い衣装でジュッテというバレエのジャンプをしながら軽やかに。


 途中、集団行動での移動の時に「もっと奥まで行った方がいいんじゃ」とか思うところもあったけど、多分それは振り付け係の3年生も気づいたと思う。


 黒組がマスゲームの中に生歌唱を入れてきてるのは、外練習とかの関係で他の組にもバレてた。でも実際に衣装を着けて演じると臨場感が違う。


 練習の間に、いつのまにか倉橋くんのラウルも歌はなくても演技が上達してたよ。私と蓮の歌の掛け合いが終わって倉橋くんと私が手を取り合って逃げていくときには、見てた他の組の人たちから大拍手が起きた。


 その拍手は、愛するクリスティーヌとラウルを見送って、自ら炎の海にファントムが消えていくまで、ずっと続いていた。

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