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第148話 これ以上スケジュール詰めるとか

 朝起きて、ヤマトとランニング。前に公園で会った家で柴犬飼ってるお姉さんに、たまに会うようになった。

 朝食食べて学校。放課後は体育祭の準備。学校にいられるギリギリまで。

 蓮と聖弥くんと一緒にうちに帰り、ふたりがボイトレをしてる間に私はヤマトの散歩という名前のランニング。


 帰宅すると何故か蓮のお母さんがいる確率が40%くらいになったので、ミュージカル鑑賞しながら夕食。


 なにゆえ??? と思うこともあったんだけど、蓮が無償でボイトレを受けているので、うちのママの代わりに夕食を作ってくれている。――のは口実で、多分ママとミュージカル見て盛り上がりたいという下心がスッケスケである。


 以前は3人で夕食を食べていたのに、今は6人だよ。蓮のお父さんの夕飯は作って置いてきてるらしいんだけど、なんか不憫だなあ。

 さすがにダイニングテーブルには座りきれないんだけど、リビングのテレビに近いテーブルにママと蓮ママが思いっきり席を取ってるので問題なし。


「生活、激変しすぎ……」


 蓮ママの作ってくれたチキン南蛮を食べながら、数ヶ月前を思い出して思わず呟いたよね。

 ちなみに、うちのママのレパートリーにはチキン南蛮はないので、妙に嬉しい。


「激変も激変つーかさ……はぁぁぁぁぁ」


 ミュージカルをチラチラ見ながら食事をしていた蓮が、物凄いため息をついた。


「今更どうしたの? 冒険者科に転校したからって理由じゃなさそうだけど」


 聖弥くんが思わず箸を止めて蓮に尋ねる。蓮は体育祭の練習中よりもはるかに疲れた顔でテレビに顔を向けた。……いや、違うね。蓮ママの後ろ姿に目をやった。


「ネットでキヨの衣装セット一式とウィッグ買われて、昨日コスプレさせられた」

「わーお、それは世界が激変しすぎだー」


 蓮ママ、愛の瞬間最大風速が凄いな! 確かにキャラクター的にも身長とか近いから、顔のいい蓮がコスプレしたら映えそうだけど。


「で、言われたことが『あんたも目つき良くないから似合うかと思ったけど、可愛さが全然足りない』だよ」

「ぐふっ」


 パパが吹き出しかけて、慌てて手の甲で口を覆っている。

 私はなんか不憫になりすぎて、言葉も出ねぇ……。


「衣装着てウィッグ被っただけだったんだろ? アイリちゃんにメイクして貰ったらどうかな。実際生で見たときもメイク凄かったから」

「それだ!」

「それよ!」


 何気ない聖弥くんの提案に、蓮と、聞いてないと思ってた蓮ママの声が被る。


「いいじゃない! コス写真X‘sに上げましょ! 一部が食いつくわよ!」


 食いつく一部であるところのママが、鼻息荒く乗ってきた。わー、カオス。


「メリットはたくさんあるわ。まず被写体としての表情の練習ね。棒立ちじゃなくてシチュエーションに合ったポーズをとったり、『このキャラならこういう立ち居振る舞いをする』っていうキャラクターの理解度を深める練習にもなるわ」

「わあ、凄い正論に聞こえるけど、こじつけの匂いがプンプンするー」


 タルタルソースを絡めた千切りキャベツを口に運びつつ真実を指摘したら、ママに凄い顔で睨まれた。


「いや、それも有りだと思う。聖弥も一緒にやればSE-RENの宣伝になりそうだし」

「僕も!? やらないよ!?」

「まあ、そう言うと思ったけどな。えーと、なんでコスする流れになってんだ?」

「蓮がすっごい溜息吐きながら昨日コスしたって言ったからだよ」


 疲れてるせいか混乱気味の蓮を、話題の大元に引き戻す。蓮は「そうだった!」とはっとしてから、急に表情を改めた。


「相談なんだけどさ……今体育祭の練習もしてるし忙しいのはわかってるんだけど、この後ダンジョン行けないか?」

「えっ!? この時間から!?」

「私は行けるけど、ママたち的にはどうなの?」


 蓮ママはちょっと戸惑った顔を、ママはモードが切り替わったような真剣な表情を蓮に向けている。

 常識的に考えて、無しだよなあ……と思っていると、ママが指をピッと1本立てた。


「行くのは中級でも最寄りの鎌倉ダンジョンで、制限時間は1時間よ。蓮くんの本気は十分感じ取れてるけど、今無理をしすぎたら後々まで響くような体の壊し方をするかもしれないからね」

「はい。夢のために今を駄目にしたらいけないっていうのは、部屋の壁に貼ってます。果穂さん直筆のあれを」

「アレ直筆じゃなくて印刷だけどね」

「ええー、なんかありがたみが薄れるー」

「そもそもママの名言にありがたみを感じる方が……」


 食器を下げに行くママに、脳天チョップをされた。うう。


「果穂さん、大丈夫なの?」

「1時間って限定してるから大丈夫だと思うわ。蓮くん、今日ポーション飲んだ?」

「飲んでません」

「じゃあ、いざとなったら上級ポーションで疲労回復はできるわね。ダンジョンエンジニアは……高校生に今から声を掛けるわけにはいかないから」

「いえ、宝箱は無視の方向で。少しずつでも鍛えて早く強くなりたいんです」


 蓮が言いきった! これは、かなりの覚悟を感じるね。


「わかった! ヤマト連れて、私たち3人フル装備だったら鎌倉ダンジョンは余裕なのが分かってるから。ダン配もなしで片っ端から倒していこう! マジックポーションもガンガン使っていいよ!」

「蓮、焦ってる気持ちはなんとなくわかるけど、無理は本当に駄目だよ。まあ、僕が止めるけど」


 私たちは装備で強くなってるから、経験自体は浅い。

 だから中級ダンジョンといえども戦うことは全然無駄じゃないんだよね。LVも上がるだろうし。

 それは私と聖弥くんにとってもメリットになるから、私は蓮にその気があるなら付き合うよ!


「ふたりとも……ありがとな」


 蓮が珍しく素直にお礼を言った。こういうとき変に照れてたりするんだけど、今日は真顔だ。


「鎌倉ダンジョンなら、現地解散すれば蓮くんと聖弥くんは家まで割と近いしね。涼子さんと私とふたりで車出しましょ。終わったら蓮くんたちはそのまま帰宅。ユズは私と帰宅。それで行こう」


 凄い速さで蓮の希望がまとまっていくから、私は急いでご飯の残りを食べた。


 強くなりたい。うん、そうだよね。蓮は自分が弱いのを知ってるから、そう思えるんだ。私なんか「このまま楽しく可愛いモンスターたちと戯れてたいなー」なんてのんきに思ってたのに。


 そして一言も発言しなかったパパは――。


「いやー、青春だなー。洗い物は俺がしとくから置いといていいよ。頑張っておいで」


 ビールを飲みながら、笑顔で気楽なお言葉。

 うーん、ママの方が元冒険者に見えるのはなぁぜなぁぜ?


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