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第147話 安永親子、覚醒する

「シナリオできた!」


 俺はお刀男士になる……って遠い目をしながら蓮がブツブツ呟いているところに、3年生の滝山先輩がやってきた。

 あの、激烈なオペラ座の怪人推しの先輩ね。


 土日挟んで、月曜日も休みだったから、「明後日までにシナリオ書いてくる!」って格好いい宣言したけど3日空いちゃったね。

 バサバサと配られるプリントはA4サイズで1枚。

 短っ! と思ったけど、あのミュージカルをここまで縮めたのってある意味凄い……。


「ダイジェストもダイジェスト。ダイ、くらいしかできないよ! とりあえず絶対入れたいシーンだけ繋げたし、盛り上がるようにはしたつもり」


 布を掛けられたシャンデリアの落札シーンから始まって、シャンデリアに掛けられた布を取り除くとシャンデリアが点灯し持ち上がる。

 同時に最初の舞台が始まって、歌姫カルロッタとヒロインのクリスティーヌが登場する。うんうん、なるほど。


「さらりと無茶言いよって……カルロッタ役とクリスティーヌ役が全員布の後ろに隠れられる大きさのシャンデリア作れって事じゃん。しかもそれ吊し上げるんだよね」


 大道具係の五十嵐先輩がプリントを持ってぼそっと突っ込むと、大道具係の面々が悲嘆の叫びを上げた。

 た、確かに……クラフトも多いし、プライドに掛けて凄いシャンデリアを意地でも作りそうだなあ。


「で、カルロッタの声が出なくなるシーンは、それだとわかりにくいからカルロッタの上にシャンデリア墜として強制退場!」

「ぎえっ!」

「原作無視展開が来た!」

「待ってください! 大道具とはいえ落ちてくるシャンデリアをどうしたらいいんですか!」


 ダンス経験者であるカルロッタ役の西山先輩が、死にそうな顔で滝山先輩に縋り付いている。その顔を見ないままで、シナリオを手に滝山先輩は叫んだ。


「曲に合わせるから、タイミング覚えて後転で避けて。それしかない!」

「振り付け係の意味がなくなってきたのでは? 滝山が演出まで全部考えてそうじゃん」

「そうとも言う!」


 若干の不満そうな声もものともせず、滝山先輩は手にしたシナリオを振りかざした。

 目が据わってるけど、お芝居っぽい動作でかっこいいとか一瞬思ってしまったわ。

 あれだよ、民衆を導く自由の女神。あの迫力がある。


「あと、ラウルがいるシーンは長い上に見せ場として弱いから、大幅に削りました! 黒組の『オペラ座の怪人』のメインは、クリスティーヌに対するファントムのストーカー行為……じゃなくて、愛情と執着、そしてラウルを愛していてもファントムの無茶振りを許すクリスティーヌ。これで行く! ラストはファントムは死ぬ!」


 ひぃ! 暴君……暴君がおるよ。ママが聞いたら発狂するのでは?

 でも、踊りながら陣形変更とかして10分に収めるとしたらここまで削ってわかりやすい展開にしないと無理なのかな。


 ま、いいか! 私は詳しくないし振り付け係だしね。


 お気楽に考えていたら、衣装係が集まって何やらゴソゴソとし始めた。……え、衣装もうできてるの!?


「これ、仮だけど、ひとりずつ着てみて欲しいんだ。はい、柚香ちゃん、蓮くん、王子様、こっち来て!」

「私ですか!?」

「体型が標準的な人をセレクトしただけ。はいはい、ちゃちゃっと着て」


 これは……Tシャツにジャージの上から着るんだよね?

 着られるデザインだけどさ。ぶっちゃけ、頭から被るだけのシンプルなワンピース。


「……ちょっと工程短縮のために地味になりすぎたかな。クリスティーヌが主役の場面もあるんだから、もう少し華やかにしようか」

「クリスティーヌめんどくさー。最初のコーラスガールから主役まで同じ衣装で通さないといけないし」

「そこがクラフトの腕の見せ所でしょ! 早変わりできる方法を考えよう!」


 ぼやいたあいちゃんに、衣装係リーダーの先輩が拳を握って鼓舞している。


「ラウルは……地味だ、思ったより地味だ!」

「聖弥くんの顔に負けてる説!?」

「宇野、着てみて!」

「着てみますけど、俺の顔が地味ってディスられた気がする……」


 ラウルはラウルで大惨事だなあ。確かに突飛な格好をしてるキャラクターじゃないから、地味感が否めない。


「おお、クリスティーヌ! クリスティーヌ!」


 視界の隅で黒いマントがバサリと翻った。

 白いシャツに黒いスラックス。そして黒いマントに仮面。シンプルだけどとても象徴的で「ファントムはこうだよね!」という衣装――それも目を引いたけど、今の蓮の声……凄かった。


 愛情と狂気が混じってたのが分かって鳥肌が立つ。仮面を押さえて苦悶の表情を浮かべてみせる蓮に、その場の全員の視線が集まった。


「すご……」


 誰かがぼそっと呟いた一言を機に、拍手が湧き上がる。

 蓮は照れもせず、ドヤァとしている。

 こんなに演技うまかった? 突然開眼したの?


「俺なりに役の研究はしてきた。あと恥を捨てた」

「あー、それ大事かも」


 聖弥くんがうんうんと頷いているね。

 私は高校生にしては、多分ママの影響でいろんな舞台やミュージカルを見てると思う。その私の目から見て――蓮は舞台の上に立つ俳優そのものだった。

 出会った頃と比べたら、声の出方も、動きも、全然違うって改めて思えるよ。


 具体的な目標ができて、一晩で人はここまで変貌するんだ……。


 ファントムの衣装は修正無しでOKってことで、衣装係は早速デザイン修正とクリスティーヌの衣装の変化をどうやって付けるかを相談し始めた。


 振り付け係はまずはストーリーラインに合わせて、マスゲームらしい大人数の陣形移動と、ダンスでの見せ場を分け始める。


「これ、サントラ使うんだよね。日本語歌詞なら一緒に歌っても良くない?」

「マスゲームで歌った前例は聞いたことがないけど」

「開くぜフロンティア、なろうぜパイオニア」

「出来る人間が限られてる気がする。歌いながら踊るのは結構難易度が高いよ。体力的には私たちはいけるけど、ダンスと鑑賞に堪えうる歌を同時にとなると……」

「……私に視線が向いてるの、なぁぜなぁぜ?」


 振り付け係の視線が痛い! 別に私目立ちたいとか思ってないんだけどなあ! クリスティーヌ代表としてソロで踊りながら生歌やれってかい!?

 できなくはないから、困っちゃうよ!


「するとファントムは」

「安永以外いない」

「正直、今の安永くんの歌のレベルってどのくらい?」


 おおっと、振り付け係の中から、鋭い質問が飛びだしてきた。SE-REN(仮)のMVの時点では「普通」だったからね。


「前より全然歌えますよ。まだまだ私には及ばないけど」

「褒められたと思ったら落とされた!」


 蓮は悔しそうだけど、本当のことだからそれ以上の反論はできないみたいだね。


「特訓します! 柚香のクリスティーヌに負けないくらいに」


 蓮は拳を握りしめて雄々しく宣言したけど……そんなに期待の視線は向いてない。不憫な。


「本番にぶっ倒れて出られないとかならない程度にな……」

「まあ、その……応援はするよ」

「凄え期待が薄い! いや、マジで今日から特訓しますよ! 俺がやりたいことと、このファントムは同じ線の上にあるから!」

「あー、確かに……私にはわかった」


 蓮、お刀ミュージカル本気なんだなあ。



 係ごとの打ち合わせを終えて、蓮と聖弥くんと一緒に帰宅する。蓮と聖弥くんは相変わらずママからボイトレを受けているしね。


「ただいまー」

「ヒャンヒャン!」

「ああーん、ヤマト~、ただいまぁ」


 すっ飛んで来るヤマトを抱き留めて、顔をベロンベロンに舐められる。ああ、うちには世界一可愛い柴犬がいる!!

 でも顔は洗ってこなきゃ、と思った途端、リビングから歓声が聞こえてきた。


「きゃあああああ! キヨくん素敵ィ! 世界一可愛いわー!」

「でしょ!? でしょ!? 可愛くてセクシーで時々ヤンキーでもうクラクラだわ!」


 うちのリビングでテレビの前に座り込んで、ペンライトを振っている女性ふたり……。

 うちのママはともかくとして……昨日の話からするともうひとりは――。


「なんで、お母さんがここに?」

「あっ、蓮お帰り! 待って待って、果穂さん20秒戻して! 今キヨくんと目が合ってた! 絶対合ってたわよね!」


 赤いペンライトを両手に握りしめて、蓮を一瞥しただけでテレビに視線を戻す蓮のお母さんよ……。昨日の勢いのままに、うちのママに誘われて過去作見に来たんだろうなあ。

 収録の円盤だから眼が合うわけはないんだけど……うん、こっちも覚醒しちゃったんだねえ……。

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