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第139話 でーんでれれれれれー

 朝はヤマトと一緒に5キロのランニング。

 途中の公園でフライングディスクで遊ぶのもお約束。

 時々、私とヤマトを知らない人から「触っても大丈夫ですか?」って訊かれるから、「大丈夫ですよー」って答えて遊んで貰ったりする。


「人懐っこい子ですねー。可愛い」


 ジョギング中だったらしいお姉さんはヤマトにめろんめろんだ。


「そうみたいなんですよー。人見知りがなくって」

「うちのは家族以外に触らせないから、よその人が近付くとあからさまに不機嫌になって後ろに隠れちゃったりして」

「いますよね……時々」

「しかも気難しくて、散歩の途中で『もう歩きたくない』とか始まって」


 柴あるあるだ……。そこで力尽くでリードを引っ張ると「拒否柴」が発動するやつ。


 お姉さんはひとしきりヤマトと遊んだ後、「触らせてくれてありがとう」と笑顔で去って行った。

 こちらこそ、可愛がってくれてありがとうだよ。


「ヤマト、楽しかった?」


 言葉で訊いてみるけど、ヤマトはご機嫌だから訊くまでもないかな。でも一応、これもコミュニケーション。


「じゃあ、帰ろうか」

「ワンッ」


 いいお返事だ。私はフライングディスクをお散歩バッグに入れると、ヤマトと一緒にかなりのスピードで家まで走って帰った。


「ただいまー」

「おはよう、ユズ。はい、ハグ-」

「おはよう、ママ。はい、ハグ-」


 朝のお約束のハグをする。夏休みでお弁当作りから解放されたママは、ちょっとだけ起きるのが遅くなった。

 夏休みはかなりの頻度で学校に行く予定なんだけど、お弁当は持って行かない。学校の前にコンビニがあるから、朝のうちにそこでパンとか買っていく予定。


 何故なら、何時に帰れるかが全く読めないんだよね。

 先輩たちからは昨日「明日は早く帰れるかも」って言われてる。下手するとお弁当が無駄になるかもしれない。

 今日は「力尽くでもテーマを決める」が目標だ。議論がどこまで紛糾するかが、時間どのくらいかかるかの鍵だね。



「じゃ、オペラ座で」


 最初に多数決を取って、均衡したらそこで議論の予定だったんだけど、圧倒的に票を集めて黒組のテーマは「オペラ座の怪人」に決まった。


 クラスの中でも数人いるまとめ役のひとりであるらしい五十嵐先輩が、黒板を消しながら熱弁を振るい始めた。


「去年の赤組はね、ダンス部部長で北峰三大美女って言われてた熊沢先輩がメインのカルメンですっごいソロを踊ったから優勝したんだよ! だから! 今年はうちもビジュアルとメインダンスで攻める!」

「賛成!」

「賛成!」

「敵が使って有効だった手は使うべし!」


 雄叫びが……冒険者科って感じだなあ。


「メインクリスティーヌは平原さんと柳川さんのダブルで。ラウルは王子様! 怪人はフレンドリーファイアー蓮!」


 私たちが呆然としている間に、昨日「オペラ座の怪人」を推薦してきた先輩が力強く宣言する。

 てか、まだフレンドリーファイアー蓮って言われてるんだ……。


「1年生ばっかりじゃないですか!?」


 まさか自分の名前が出てくると思わなくて一応反論してみたら、2年生も数人「甘い」とかこっちを潰しにかかってくる。


「下手すると、ダブルどころかクリスティーヌ10人もあるし、メインの役どころはそのくらいの人数がいてもいい」

「蓮くんファントムは譲らない! だってそれが最高にビジュアルいいんだもん!! 想像してみなよ! 黒マントに仮面を付けた蓮くんを!」


 名前を知らない3年生がすっごい蓮を推してるけども。

 ……黒マントは確かに似合いそうだけど、なんか私のイメージの怪人と違うなあ。

 ママに聞いたら、怪人って映画だとムキムキマッチョだけど、本来は容姿が醜いらしい。

 私のイメージは、300人のスパルタ兵で100万のペルシア軍を迎え撃ったレオニダス王が演じてるマッチョ怪人なんだよねー。映画で同じ俳優さんだったから……。


 だから、「蓮がレオニダス王~?」って思っちゃう。

 彩花ちゃんがやるほうがまだ似合ってそう。執着強いし。

 ああ、確かにメインが10人ずつなら間違いなく彩花ちゃんはそっち入りそうだね。


「完全に理解しろとは言わない。ざっとでいいから話の流れと世界観を掴んで欲しい」


 オペラ座推しの先輩はさっとBlu-rayディスクを出すと、先生に視聴覚室使用の許可を取り、そこで午前中の残りは鑑賞会になった。



「じゃあ、私が明後日までにシナリオ書いてくるから、役分けと舞台装置とかはその後に動き始めるって事で」


 す、すご……。わけがわからないよ……。オペラ座推しの先輩の「明後日までにシナリオ書いてくる」って何。

 1年生どころか2年生もポカーンとしてるじゃん。


「今までちまちま書きためてたの! 1年生の時には発言権はないし、2年生の時は一応候補に入れて貰ったけど、弱かった。3年がかりの夢が叶った!」

「クラフトの執念ってこういうときに発揮されるよね-。よかったねー、滝山ちゃん。怨念が叶って」


 爽やかに笑いながら五十嵐先輩がその肩を叩いてるけど……滝山先輩って言うのか。あの人衣装係だった気がするけど、進行管理に回らなくていいのかな。


「3学年合わせて101人だから……うん、一部のキャラはひとりでいいとして、メインどころは本当に10人いてもいい気がする」

「1年生こっち集合ー、ダンス系の経験があると胸を張って言える人、挙手!」


 うわ、嫌な自己申告……。

 とはいえ、手が上がったのは私とあいちゃんだけである。


「バレエを3歳から中学までです」

「私は幼稚園からヒップホップダンスで、小学校入ったら並行して新体操。新体操は小学校の間だけで、ヒップホップは中学卒業するまででした。あとバレエを幼稚園の頃に半年だけ。中学の部活は体操部です」


 私の経歴を話すと、教室がざわっとした。


「SE-REN(仮)のMVの時、いやに柔軟性が高くてリズム感がいいと思ったら、そんなチートな経歴持ってたの……」


 西山先輩が顔を引きつらせている。ダンスは私の一番と言っていい趣味だもんね。


「飛んでくる剣をブリッジで避けて、そのままバク転しながら蹴り入れるとか、普通の人間は出来ねえよな……」


 わあ、前田くんの笑顔が生暖かいよ。

 それは彩花ちゃんと1on1したときの話だね。忘れろって言っても今更無理かー!


「なにそれ」


 前田くんの言葉を聞き逃さず、2年生が「詳しく」と突っ込んできた。


「しかもそんなことしても柳川が負けたんだよな。真の化け物は長谷部ってことだよ」

「前田ー! せっかく埋没しようとしてたのに、人の名前を出すんじゃない!」


 前田くんの後ろに回って首を絞めようとした彩花ちゃんは、2年生と3年生の4人の振り付け係に笑顔で捕獲された。

 ハハハハハ、彩花ちゃん表舞台に引っ張り出されたわ。


「180度開脚……Y字バランス……できるじゃん。あとはリズム感か。午後は1年生並べてチェックしよ。スキップからね」


 ぐいぐい足を引っ張られて無理矢理Y字バランスさせられたのに、彩花ちゃんはちょっとぶーたれているだけで、悲鳴も上げず文句も言わずそれをこなして見せてしまった。

 うん、この人ね、隠れてサボろうとする癖があるんだけど、できるんだよね。いろいろと。


 午後は基礎的なダンスの動きができるかどうかのチェックがあったけど、私やあいちゃん、かれんちゃん、彩花ちゃん、それに蓮や聖弥くんも問題なく合格。


 そしてここで、男子が数人「スキップができない」ことが判明した……。

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