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第136話 体育祭の恐怖

 冒険者はステータスが高い。

 とはいえ、一般人のSTRが5くらいだとして、STRが10あったら単純に腕力が倍ってわけじゃない。


 それでも、冒険者LVが5以上あったら、スポーツの大会では別枠扱いされる。まあね、100メートル全力疾走したら私なんか多分5秒切るんじゃないかなあ。

 アーティスティックスイミングとか芸術要素の高い競技は、それほどステータスの影響がないという。

 でもVITというとんでもない要素が絡んでくるから、やっぱり冒険者の方が有利になっちゃう。


 その。

 冒険者ゴリラの集まりである冒険者科が。

 ――優勝経験が無いですと!?


 体育祭は夏休み明けで、確実に全員LV10になってるはずなのに!?


「ハンデがエグいんだよ」


 ざわつく1年生に対して明快な回答を示して、肩をすくめるのは橋本先輩だ。しっぶい顔だなあ。これは去年相当痛い目に遭ったんだろうね。


「3倍走らされたり、重り付けられたり」

「唯一ハンデがないのが、マスゲーム」

「だから、今年こそマスゲームは優勝するぞー!」


 オオオオオー! と凄い雄叫びが轟く。

 うわあ……こんなに2年生と3年生が一致団結してるの、合宿の牛丼の時以来じゃない?

 体育祭、怖ー……。



「2年と3年で係変更したい奴いるかー」


 体育祭実行委員をやっている3年生の松尾先輩が声を張る。

 冒険者科だけは3年通して黒組が確定してるので、去年と同じ係をするのが慣れてるし効率もいいんだろうなあ。


 3年生は「もはやこの道のプロです」という顔で落ち着き払っていて、2年生は数人がバラバラと手を上げた。


「1年生はこれから係分けするから、よく考えて決めろよー」


 黒板に書かれていく係は結構あるなあ。

 振り付け係・衣装係・大道具係・ボード係・進行管理……。

 ひえええ……。クラフト大活躍かと思ったけど、結構身体能力も必要とする奴じゃん?


 寧々ちゃんとあいちゃんは衣装係に迷いなく名前を書きに行く。かれんちゃんはボード。聖弥くんは各学年ひとりの進行管理か。それは適切なやつだね。


「大道具とかかなり凄いよな。てか、俺何もできる気がしない」


 去年の動画を見てからビビりっぱなしの蓮が愚痴ると、その肩にドン! と彩花ちゃんがぶつかっていく。チンピラか。


「安永蓮はアイドルなんだから振り付けとかやればいいじゃん。ボクはゆずっちと一緒に衣装……」


 彩花ちゃん治安悪ーい、と思っていたら、私の腕を掴もうとしていた彩花ちゃんより素早く左右からがしっと捕獲されていた。

 あれ? なんか既視感?

 あれだ。宇宙人が掴まれてる奴!


「ゆ~かちゃんは振り付け係でいただきます」

「これはもう決定だよ」


 左右からガッツリ私をホールドしてたのは、合宿の中級ダンジョンで知り合った西山先輩と原田先輩だった。


 ……なぁぜなぁぜ?


「戦闘専攻ってやっぱり振り付け係が多いんです?」


 ふたりは戦闘専攻で振り付け係らしいから聞いてみたら、かなりの真顔で首を横に振られた。


「そういうわけじゃない。運動神経とダンスセンスは関係ないよ。SE-REN(仮)のMV、ゆ~かちゃん凄かったじゃん! アクロバットできるしステップも蓮くんより完成度が断然高かった!」

「ダンス習ってたでしょ、あの動きは絶対天然じゃないもん。ダンスやってた私には分かる!」


 交互に確信に満ちた口調でまくし立てられた。

 Oh……1ミリたりとも反論できない……。

 プロフィールなんて語ってないのになあ。まんまとバレテーラ。


「まあ……そうですね。この中だったら振り付け係やろうかなーと思ってたからいいですよ」

「ええええええ、ゆずっち、ボクと一緒に衣装係で可愛い衣装を作ろうよ!」

「それなら、あいちゃんとかとやんなよ……」

「ゆずっちが冷たいよぉ~!」

「あ、衣装埋まったよー」


 泣き真似で崩れ落ちる彩花ちゃんに、無情にも泣きっ面に蜂な宣告。

 そりゃあ、クラフトの中でも防具クラフト志望は衣装に行くだろうし、埋まるの早いだろうね!

 ボードは専攻問わず、絵が好きな人が行くみたいだ。意外にも脳筋中森くんがボードに名前を書き込んでいる。


「安永ー、男子のなかではダンスできる方だから、おまえも振り付けな」

「あっ、はい」


 名前を知らない3年生男子に指名されて、蓮も振り付けに引きずり込まれた。

 あの特訓でそこそこ踊れるようにはなったし、まあ大丈夫じゃないかな。

 でもこうなると……。


「じゃあ、ボクも振り付け!」

「ごっめーん、振り付けの女子埋まったわ。大道具しか空いてない」


 黒板で人数チェックをしていた五十嵐先輩が、彩花ちゃんに止めを刺した。


「なんで……なんで男女別の人数制限があるんですか……」


 般若っていうか、起き上がろうとしてるゾンビ? 彩花ちゃんは凄い形相で床にぶっ倒れてる体勢から、上体を起こして右手を伸ばしている。


「それはねー、振り付けに限っては動きの確認のために男女両方いないと厳しいし、他の係も欲しい人数が決まってるからだよ。んっふふふふふ……いいねぇ~、ピッチピチの1年生の戦闘専攻は。こき使い甲斐がありそうだよ。うっひひひひ」


 ニヤ~っと笑った五十嵐先輩が、Tシャツから覗く女子にしてはみちっとした彩花ちゃんの腕を撫でる。わざとだ……あれ絶対面白がってやってる。


「ぎにゃああああ! セクハラ反対!」

「よいではないか、よいではないか~」

「五十嵐ー、それ以上怯えさせるなよー」

「見た目だけゆずっちに似てても嫌ぁー! 鳥肌! 鳥肌!!」


 涙目でこっちに助けを求めてくる彩花ちゃんがさすがに不憫で、私はぺりっと五十嵐先輩を引き剥がしてあげた。

 先輩は「あ~れ~」とか言いながらくるくる回りつつ離れていく。ノリノリだなあ。


「こういう時なので言っておきますけど!」


 多少うるさい教室の中でも、私が声を張るとよく通る。

 救出した彩花ちゃんはべそべそと半泣きになりながら、おんぶおばけと化して私に張り付いた。


「ゆ~かってOネームですから! 学校では柳川柚香っていう本名の方を呼んでください!」

「またそれかよ」


 どんな重大告知があるのかと私に視線が集まってたけど、大体は一瞬でスンッとした表情になった。

 そして、前にも同じ事言わせた張本人である蓮が生意気にもツッコミを入れてきたから、肘でどついておいた。


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