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第66話 ママの特訓は厳しいぞ。なにせサンバ仮面だからね!

 たった1曲だけある、SE-RENのオリジナル曲。タイトルは「Magical Hues」。魔法の色合いとか、なんかそんな意味のタイトルだ。

 改めて歌を聴いてたら、「君の瞳に映る世界 魔法のような色彩」って思いっきりサビで歌ってたわ。


 はっきりいって難しい歌ではない。ハモりもないし。

 でも、妙に……うーん、なんだろう、聖弥さんと蓮くんの声の相性が良いのかな。ふたり揃って歌ってるところは、歌がうまいとかとは別の点で何故か聞いちゃう感じがある。


 逆に言えば、それ以外特にいいところはない……悲しいことに。

 どうすんだろ、これ。その唯一にして最高の長所を、私と蓮くんで引き出せるの?



 翌日の夕方、ぜーぜー言いながらうちに蓮くんが来た。背中には刀袋みたいなのを背負ってるね。やっぱり杖持って走らないよねえ!


「こん……ちは」


 息も絶え絶えだ。藤沢から山越えで茅ヶ崎通って寒川の寧々ちゃんち行って、そこから戻ってだから結構な距離あるもんね。ロータスロッドはVIT補正があんまりないから……。AGIだけなら補正後は村雨丸持った私と同じくらいになるんだけど。


「とりあえず、ポーション飲む?」

「飲む」


 冷蔵庫で冷やしてある上級ポーションを惜しみなくコップに入れて蓮くんに渡す。玄関でそれを飲み干した蓮くんは、「はぁぁぁー」ってファンには絶対聞かせられないような凄い声を出してから、やっとシャキッと立った。


「上級ポーション、ほんと効くよな。サンキュ」

「そりゃあ、24時間戦える奴だもん。そうそう、AGI補正高い武器持って走ると、スピード凄くない? 私も昨日やったけど、電動アシスト自転車みたいな加速するよね」

「あああ、それだ! なんかに似てるって思ってた。――お邪魔します」

「どうぞ、いらっしゃい、柳川家の恐怖の魔窟へ」

「恐怖の魔窟!? どこに連れて行かれるんだよ、俺!」


 ビビる蓮くんに向かって手招きをして、私はリビングを通り過ぎて階段に向かう。

 上り階段の隣にはドアがあって、多分普通の人はこれを見ると収納スペースだと思うんだよね。ところが我が家は違うのだ。


「こっち。うち、防音地下室があるの」


 蓮くんが「は?」ってポカンとした顔をしている。

 そうだよねー。普通の家には地下室ないって最近知ったよ。

 うち、建てるのにどのくらいの金額が掛かってるんだろう。そして、ローンはあとどのくらい残ってるんだろう……。


「防音地下室?」

「信じられないかもしれないけど、柳川家にはあるのだよ……別名、魔窟」

「なんで魔窟」

「行けばわかる」


 蓮くんを案内して階段を降りて、防音扉を開けて地下室に入る。

 途端に響くピアノの音。部屋の隅に置いてあるアップライトピアノの前でママが譜面とにらめっこしながら鍵盤を叩いている。


「ママー、蓮くん来たよ」

「こ、こんにちは。……何だこの部屋、凄え」


 ま、それしか言うことないわな。

 防音地下室は1階と同じ床面積で、一面は鏡張り、後は室内の音は響くように表面は木みたいな壁になってる。

 数年前からでっかいスピーカーも置いてあるし、たまにママがここでカラオケしてたりもする。鏡張りになってるのは、私が長いことダンスをやってたからだ。


 それだけだったらいいんだけど、問題は、私の手裏剣練習用の畳がここに置いてあることなんだよね……。

 穴が空きまくりの段ボール箱も何個か置いてある。

 よって、割とカオス。


「こんにちは、蓮くん。走ってきたわね? じゃあ、まずストレッチから。特に首の筋肉をよーく伸ばすわよ」

「走ってこいって、準備運動だったんですか!?」

「ウォーミングアップね。体温めてからやった方がいいから。はい、ユズと一緒にストレッチして」


 トレーニングウェア姿のママが前に立ち、私も蓮くんの隣でトレーニングウェアでストレッチ開始。

 一通りやると10分は軽く掛かるんだ、これ。ストレッチが終わったら、表情筋を思いっきり動かす練習をして、ラララララと舌を意識して動かすタンレッスン。


 私は慣れきった奴だけど、蓮くんめちゃくちゃ真顔! ボイトレ初体験だもんね、そうもなるか。

 だが、ボイトレはここからが本番なのだ。喉を使って声を出してしまわないよう、喉を開けて腹式呼吸の練習から。これができるのとできないのとでは声の伸びとか響き方が全然違うし、できないまま無理に発声練習すると喉を痛めちゃう。


 蓮くんは――思ったよりうまいな。特に低音を腹式呼吸で出すコツはすぐわかったみたいだ。

 問題は高音。音を頭のてっぺんから出すように、筋肉を引っ張るというか。頭のてっぺんどころか、それ通り越して後頭部から引っ張るように練習させられる。出ないのよ、最初は。やり続けてると出るようになってくるんだけどね。


 ドレミファソファミレド、から半音ずつ上がっていく発声練習が続く。これを音域2オクターブ分くらい。蓮くんは高音の部分は出きってなくて苦しそうだった。


「じゃ、本番の土曜日まで毎日うちに来てレッスンね。歌は後にして、振り付けの確認から。ユズ、振り付け入ってる?」

「イエスマム! 私を誰だと思ってるの?」

「幼稚園から12年間踊りまくってたダンス好き」

「えっへん!」


 そう。高校に入るときにやめたけど、幼稚園の時から私はダンスを習ってたのだ! ママが言うところの「娘課金」の一種ね。


「え……あの振りもう入ってんの? マジ? 俺割と苦労したんだけど」

「特に難しい動き入ってなかったよ? 蓮くんと聖弥さんってダンス経験なかったんでしょ」

「うわあああああ! 図星だから腹立つ!」

「曲掛けるから、歌わないでまずは振り付けだけ確認ね。いくわよー」


 ママの言葉で、私はMVの聖弥さんポジションに入る。最初はふたりで背中合わせで、私が右側で蓮くんが左側。

 そして、ママのスマホを接続したスピーカーからMVの曲が流れ、蓮くんにとっては地獄のダンスレッスンが始まった――。


「蓮くん、そこもっと右肩下げる! ステップに気を取られすぎて指先に神経行ってない! ステップの入りが逆! 一回ユズの見て憶え直して」


 厳しすぎる指摘! これが、これがママの鬼モードですわ! ダンスに対して特にめちゃくちゃ厳しいんだよね。完全に動きを頭に入れてから指導してくるから、間違ってるところ一発でバレるの。


「俺の曲なんですけどゆ~かの方が振りが正しいってことですか!? 果穂さんは何者!?」


 私は指摘が入らなかったのに自分は指摘入りまくりだったことに目を剥いて、蓮くんがママに問いただす。うん、気持ちはわかるけど、私の経験上この人の指導はあってるんだわ……。


「私? 高校はダンス部。ゴスペル9年やってたこともあるからダンスもボイトレもやったし、結構激しい振りやりながら野外ライブで生歌歌うとかやりまくってたけど。あと、推したちのMVは何千回見たかわからない。

 ユズはourtubeに上がってるSE-RENの動画から完コピしてるから、そっちが正しいはずよ。私が見てても間違えてるのは蓮くんね。ダンス歴12年のユズと蓮くん、どっちがこの場合正しいと思う?」

「柳川家恐ろしすぎだろ……生きるのに必要じゃない習得スキルが多すぎる」

「だってその方が人生楽しいもーん☆」


 ママが目元にピースサイン当てて、腰をくいっと曲げててへぺろしてる。キレがいいなあ、相変わらず。多分私のダンス好きはママから継いでるんだよね。


 ママの人生は楽しいだろうけどさ……巻き添え食らう人はたまに「楽しい」では済まないことがあるんだよね。今の蓮くんのように。

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