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第54話 村雨丸鍛錬法

 着替えた金沢さんが工房に戻ってきて、私に村雨丸を出して欲しいと頼んだ。

 一度アイテムバッグにしまった村雨丸をテーブルの上に出すと、金沢さんが村雨丸を蓮くんに持つように指示する。


「俺が? これゆ~かの武器ですけど」

「いいから、鞘から抜いてみて」


 金沢さんの指示通りに蓮くんが村雨丸を鞘から抜くと――刃の上に露!


「ずるい! なんで持ち主の私が持ってもダメなのに蓮くんが持つと露が出るの!?」

「ああ、基本的に自然と気を巡らすことはできてるんだね。じゃあ蓮くん、その村雨丸を持ったまま、魔法を使う感じに気合いを込めてみて。呪文は唱えないで魔法を使おうとする感じに」

「はい。……うわっ!」


 蓮くんが持ってる村雨丸のあちこちから、ビューって水が噴き出した!! なにそれずるい! 私もやりたい!!


「水芸!」

「うわああああ、これどうやって止めたらいいんですかー!」


 自分でやらせておいて金沢さんは爆笑してるし。蓮くんは予想外のことにうろたえてるし。


「雑巾持ってこなきゃ! ぎゃー、床が水浸しになってるぅー!」

「止めて止めて! ゆ~か、パス!」

「えっ、いきなり太刀渡してこないでよ、危ないなあ!!」


 村雨丸は私が持った途端に放水を止めた。そこもなんでやねん! 持ち主は私!


「このびしょ濡れの太刀、どうしたら……」

「ンッフッフ……布で拭くしか……ないね……水芸、ブッ」


 ツボにはまって笑い続ける金沢さんが、雑巾とタオルを持ってきてくれた。

 タオルで刀を拭いていいものなのか? いや、これたまはがねじゃなくてアポイタカラ製だからなあ。アポイタカラってどの程度錆びるんだろうか……。

 うん、水を出したのも村雨丸なんだし、タオルで拭くか。濡らしたままにして置くよりはマシだよね。


 水気を拭き取った村雨丸を一度鞘に納め、私も掃除に参加。蓮くんは「やっちまったー」って顔をしながら一生懸命床拭きをしている。


 びしょびしょになった雑巾を洗面所で絞ってはまた床を拭く。これの繰り返し。

 なんでこんなことになってるんでしょう。


「結局今のはどんな意味があったんですか? 無人島に行くとき村雨丸と蓮くんがあれば真水に困らないってことですか」

「道具扱いつらみ……」

「人を魔除けに使った奴に言われたくないわ」

「えーとねえ、蓮くんが意図的に気を操作することが出来てるかの確認だったんだ。まさかあんなことになるとは……ブフッ」


 金沢さんが思い出し笑いモードに入ってしまった!


「つまりこれは配信でやるとウケるやつだね」

「絶対やらねえ」


 心底嫌そうに言って、蓮くんは自分の雑巾と私の使ってた雑巾を持って洗面所に行った。

 もしかして、今のは気遣い?

 だが、私も手を洗わないといけないんだけどなあ。……なんで蓮くんってこう空回りするんだろう。


 床の水たまりがやっとなくなって、金沢さんは改めて蓮くんと私を並んで立たせて説明を始めた。


「足を肩幅に自然に開いて、うん、肩の力を抜いてね。気を巡らすのは瞑想でも重要だし、緊張状態や頭に血が上ったときにリラックスしたりする効果もあるから憶えておいて損はないと思う。

 ちなみに、魔力と気はほとんど同じ物だね。魔法に使うときだけ魔力と言ってるけども、蓮くんは既にある程度の気を操れるから雑霊くらいは簡単に祓えるはずだよ」

「えっ、アレを祓えるんですか?」

「気の放出が出来ればね。――さて、話を戻そうか。おへその下、指4本揃えて置いたところにあるツボのことを丹田という。ここを意識しながら、鼻から4秒掛けて息を吸い、同じく鼻から8秒掛けて吐き出す。これが基本の呼吸法だよ。

 それで、ここからが我流だけども僕がやってる呼吸法。自分に合わないと思ったら試行錯誤するなり別のやり方を探すなりして欲しい。

 目を閉じて、両手を丹田の上に置き、鼻から息を吸うときに『気を取り込む』イメージを持ちながら左半身を下るように気を丹田に送り、鼻から吐くときに『気を吐き出す』イメージを持ちながら丹田から右半身を通って気が上ってくるようにする。うまく出来てると、体がそのうちポカポカしてくるよ。

 気の鍛錬はイメージトレーニングも重要なんだ。気が自分の体を巡っているというイメージを持ちながらやることだね」


 目を閉じて、鼻から息を吸って鼻からゆっくり吐く。繰り返していると確かに落ち着くけど、体がポカポカするほどにはならなかった。


 しばらく続けた私たちの表情を見て、金沢さんは「あー、わかってるよー」という表情で頷く。


「いきなり出来ると思わないで、日々少しずつでもいいから続けることだね。それで、蓮くんの防御法だけど、魔法を使うときの魔力を放出する感じ、あの気を放出しきらないで自分の周りに膜状に留めておくんだ。イメージとしては、卵の殻の中に自分がいるイメージでね。その膜が張れるようになると、バリアになる。――ちなみにこれもRSTとは無関係みたいだ」

「RSTとは無関係なんですか……金沢さん、すみませんがLIME交換してください! 俺もっといろいろ教えて欲しくて」

「あー、ずるいの三乗! 私も! 私もLIME交換させてください!」

「三乗ってなんだよ、俺なにかやったか!?」

「魔力高いのずるい、私の村雨丸で露も水も出したのずるい、金沢さんとLIME交換しようとするのずるい!」

「こ、この超絶ワガママめ……全部俺のせいじゃないだろ」

「LIME……多分女子高生とLIME交換したって言うと奥さんに半殺しにされちゃうから……」


 ……うちのママみたいな奥さんがいるんだな、金沢さん。言葉に哀愁が漂ってたので、私は無言で取り出していたスマホを下げた。


「うーん、いろいろ教えてあげたいのはやまやまなんだけど。蓮くんとだけ交換でいいかな」

「よろしくお願いします!」

「今日は奥さんはいらっしゃらないんですか? 女子高生と一緒に食べ歩きしたってバレても平気ですか!?」

「それは、柚香ちゃんだけじゃなくて蓮くんも一緒だって知ってるからね。

 奥さんはね、今日は宮本歩夢くんの朗読劇の昼の部が取れたって、友達と出かけてるんだよ」

「みやもとあゆむくんのろうどくげき……う、うちのママもそれ行ってます……」


 世界は広いけど世間は狭い! こういうときに実感するね!


「そうだよね!? うちの奥さん経由で君たちの武器クラフトの話が来たから」

「つまり、ママのオタ友が金沢さんの奥さんってことなんですね」

「あー……そういうことだね。友達にもいろんな種類があるなあ」

「金沢さんは何かマニアックな沼に足突っ込んでないんですか?」

「ゆ~か、聞き方……」

「僕? 僕は見ての通り武器マニアだよ」


 本棚にずらりと並んだ武器関連書籍をドヤ顔で見せてくる金沢さん……なるほど、趣味を職業にしてしまった人か。

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