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第38話 ユズーズブートキャンプ開始!

「まずこれ着て」

「断る。絶対着ねえ」


 海老名国分寺ダンジョンのダンジョンハウスの前で、私と蓮くんは早速衝突していた。


 私が差し出したのは蓮くんサイズの2000円の芋ジャー……もとい、【初心者の服】で、かっこつけたいアイドルは断固拒否したいらしい。

 着せるけどね、絶対!


「多分転ぶけど、それでもすり切れたりしないよ。初心者の服は侮れないんだよ。防御力はあんまりないけどすっごい丈夫なんだから」

「マジかよ……そんなに転ぶ可能性があるのか」

「だってヤマトがいるもん」


 その一言で、蓮くんが黙る。私がヤマトのリードを掴んだまま転んだ動画見たんだろうな。目が泳いで、芋ジャーを直視しないようにしながらちょっと歩み寄りを見せてくる。


「……どんだけ丈夫なんだ?」

「スライムの酸で溶けないくらい」


 ありのままの事実を話すと蓮くんは目を見開いた。あ、これはきっとスライムの酸で痛い目を見たことがあるんだな……。


「なんだそれ、なまじの防具より性能いいんじゃねえのか!?」

「れっきとした冒険者装備で【初心者の服】っていう名前でダンジョンハウスで売ってるんだよ? つまり、ダンジョン公式装備。

 防御力自体はあんまりないけど、とにかく丈夫なの! 特訓中はこれ着ること。その4万円する装備が破けるのとどっちがいい?」

「これは、破きたくない……さすがに」


 人生最大の苦渋の決断、みたいな顔をして、蓮くんは初心者の服を持って男性用更衣室に入っていった。

 さて、私もこの一部に愛好家がいる芋ジャージに……着替えたくないなあ! あんなに喜ばれると変な性癖の目に晒されてる気になるんだもん!


 明日あいちゃんと買い物行ったときにそこそこの物を買っちゃうのも手だな。

 でもそうすると蓮くんがごねて面倒なことになるか……。私も芋ジャー着るから仕方なく、って自分を納得させてるところがあるみたいだし。


 着慣れた前ファスナーの芋ジャージ、私も着替えて更衣室から出て来たら、先に出て来てた蓮くんがママに激写されてた。


「いい、すっごいいいわ! ステージのメイキング映像見てるみたい! いかにも若い俳優の特訓風景って感じ! 萌え! 推せる! 産める! これ着てダンスレッスンしてる蓮くんが見たーい! 振り向いた瞬間に髪がなびいて汗が飛び散る『1000年に一度の奇跡の美少年』を撮影してあげるわよ!! いえ、むしろ撮影させてください!」


 うわ、ママの勢いがすっごい……もし本当にダンスレッスンしたら、もう一眼レフ持ち出してきて、ここぞという振りのときずっと連写してるんだろうな。汗は事前に霧吹きで吹いとけばいいし。


 そして蓮くんは、ママのマシンガン大絶賛に自分の姿をチェックしつつ呆然としている。


「マジッすか……俺にまでそんな需要が」

「蓮くんファンも喜ぶわよ! 芋ジャージからしか得られない栄養素があるのよ!! その上着を脱いで腰に巻いて、中に着てる白T見せたら最高よ!!」

「あ、中は白Tじゃないです。黒にロゴ入り」

「チッ……ロゴが入ってても白なら許せたのに」


 ママ、一気に目がやさぐれたよ……強火オタクだなあ。こだわりが強い。


「今度ダンスレッスンするときに白T着て下はそのジャージでやってちょうだい。課金するから!」

「課金!? ママは一体何をしようとしてるの? それに蓮くんにダンスレッスンさせるの? どうせなら娘の私に課金してください!」

「装備ができてきたらSE-REN(仮)でMV撮るわよ。せっかくユズもダンス出来るんだし、特訓風景ばっかりじゃなくてそういうの入れたらファンも喜ぶでしょ。楽曲は既にあるSE-RENの曲を使えば良いし、あれなら振り付けも全部決まってるから、再レッスンして撮れば良いわ。マネージャー(仮)をなめんなよ!

 ユズには習い事で散々課金しました! その結果が今のあんただ、憶えとけ!」

「MV! ……って、こいつとか……」


 一瞬喜んだ蓮くんが、私を見て落ち込んだ。失礼な奴め。

 あと、「やりたーい」って言ったことはやらせて貰ったのは事実なので、課金の末に今の私がいると言われるとぐうの音も出ないわ。


「さ、特訓始めよ! 今日は最初に走り込みしてその後打ち込みね。まずはストレッチ。モンスの出ない1層でやるよ。配信自体はストレッチ終わってからでいいね。絵面が地味すぎるから」

「走り込みも地味だろ」

「チッチッチ、甘ーい。チャンネル登録2万人超えの私が『見ててつまらない走り込み』など用意すると思うかね?」

「言っても、おまえのチャンネル登録が2万人超えたの昨日じゃん。1週間前は俺と同じ底辺配信者だっただろうが」


 ぐぬう、バレてる! でも、あの時と今とで決定的に違うことがあるのだ。それはヤマトの存在!


「ママ、ストレッチ終わったら一旦出てヤマト迎えに来るね」

「りょかー」


 ママはヤマトを抱っこして車へ。私と蓮くんはダンジョンへ。

 1層は敵が出ないのでこういう特訓の時に便利なのだ。ウォーミングアップにも使える。ダンジョンハウスでやってもいいけど、場所を食うと他の人の迷惑になるからね。


 私指導の厳しいストレッチを蓮くんが文句たらたらでこなし、配信の下準備はOK。ヤマトを連れて戻ってきたところで、私たちはそれぞれのスマホをライブ配信モードに切り替えた。


「こんにちワンコー! SE-REN(仮)のNOと言える日本人の方、ゆ~かでーす!」

「待てよ、その言い方、俺がNOと言えないみたいだろ!」


 私が黙って芋ジャージ姿の蓮くんを上から下まで眺めて見せたら、彼は頭を抱えてしゃがみ込んだ。弱いなー。


「くっそー! SE-REN(仮)のNOと言ったのに押し切られた方、安永蓮です! 俺は抵抗したんだ! 着たくて着たんじゃないんだー!」

「だって、4万円のブルーローブ破きたくないでしょ?」


『火祭り事件の時にも一回装備駄目にしたんだよね』

『蓮くんまで芋ジャージwww』

『ああ、既に可哀想なことになってw』

『今日はスクショ祭り決定ー』


 なんと、今日はSE-REN推しと思われる人まで面白がるコメントが付いている!

 ママは今頃「ほーらね、需要あるじゃん!」てドヤ顔だな。

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