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第29話 右往左往とはこの事だ

「一、十、百、千、万、十万、百万、千万……7億7980万円……ふ~ぅ」


 一番他人事だったはずの蓮くんが、自分で数えて最初にぶっ倒れたー!

 さすがのママも顔を青ざめさせてへなへなとリビングのカーペットの上に倒れ込み、私もなんか頭から血が下がってソファに横たわってしまった。


 5分くらい全員無言で倒れてただろうか。最初に復活したのは何故か一番当事者の私だった。


「半分くらい売ろうと思ってたけど、あんまり売らないことにしよう……」


 本当は、出回ってるのが少ないって聞いたから、いい装備を作るために必要な分だけ確保しておいて、残りは欲しい人のために売っちゃおうと思ってたんだよね。

 でも、そうすると10本売っただけで80億ものお金が私に入ってきてしまう。


 無理。

 無理です。人生おかしくなりそう。

 私はお金を稼ぐためじゃなくて、自分の夢を叶えるために冒険者をやってるのに。働かなくてもだらだら生きていけるなんて思ったら、小さい頃から抱き続けた動物に関わる仕事をするという夢が消えてしまう。


「もう、柳川家の家宝として代々伝えよう。そうしよう。売るのは5本だけにしよう」

「それでもほぼ40億だぞ……」


 蓮くんさ、なんで君がガタガタ震えているんだね……他人事なのに。

 ママは床に倒れたままでうわごとのように呟いてるし。


「マンション建てて運用しよ? ハワイに別荘買ったり、もういっそのこと広大な土地買って動物王国作ろ?」

「ママのそれは常日頃の妄想でしょ? ハワイの別荘はともかく、動物王国は管理が無理です。

 私が持ってるのをたくさん出すと値崩れするでしょ? そしたら鉱床掘った人は想定より儲からなくなるじゃん?

 だから売るのは5本でいいです。そもそもヒヒイロカネと色が違うだけなんだし、アポイタカラじゃないとできないことってないんだよね? このまま持っててもよくない?」

「なんでそんなに冷静なんだよ。俺、今一気に手が冷たくなったし歯の根が合わなかったぞ」

「むしろなんで蓮くんが震えてるのよ」

「タムタの体重計に載ってるこれが約8億って考えてみろよ、8億が転がってるんだぞ!?」

「あっ……やめて、私までまた震えが止まらなくなる」


 思考をずらさなきゃと思って冷たくなってる手でスマホを取り上げて、性能は全く同じっていうヒヒイロカネの値段を調べてみた。

 こっちは1グラムで15000円くらいじゃん!! なんでこんなに違うの!


「ヒヒイロカネが1グラム15000円な件!」

「ヒヒイロカネは日本でしか産出しないけど、武器防具にしか基本使い道がないの。だから値段が馬鹿みたいな事になってないの。オリハルコンなら金と混ぜて半導体に使ったりするじゃない?

 アポイタカラが高価なのは、伝説金属の中で産出量が一番少ない上に他にない色だからよ。赤い武器より稀少な青い武器の方が格好いいと思わない?」


 そこは好みかと思うけど、私的には確かに青い方がかっこいいと思うかも。

 私がうんうんと頷くと、ママは拳を握って力説し始めた。


「オリハルコンの金色にミスリルの白銀ってむしろありきたりだもん!

 あと、チャート見たら昨日までは1グラム4万円くらいだったわよ。それでも総量が少なすぎて流通してなかったからその値段で落ち着いてたみたい。

 爆発的に上がったのは間違いなくユズが隠し部屋で大量発見したからだわ。『この値段出しても買いたい』って人が出ちゃったから爆上がりしたのよ」


 な、なるほどーーーーーー! じゃあ、その人たちのためにも売った方がいいのかな。


「売って、国際こども基金とかに募金しようかな」

「それが一番無難かもよ。売ったことで税金恐ろしくかかるし、募金すると課税対象から引かれるし」


 そうか税金! 確か高額収入すぎると半分くらい取られるんだっけ?

 あ、ちょっと気が楽になった……消費税にさえ恨みを持つバイトしてない高校生が、まさか税金を取られることで気が楽になる日が来ようとは。


「わかった、半分売る。そして税金を日本政府と茅ヶ崎市に募金してやんよ! あと収入分はある程度残したら国際こども基金とかあちこちに募金!」

「きゃー、ユズかっこいい!」

「いくらなんでも決断が男前過ぎる……やべえ、惚れそう」


 いや、君の表情は見たことのない珍獣を見るもので、「惚れそう」って顔じゃないけどね。

 私は顎に手を当ててパチリとウインクを飛ばした。


「フッ……オレに惚れると火傷するぜ☆」

「惚れちゃダメよ、アイドル」

「単なる比喩ですよ! 惚れねえよ!」

「ただいまー、あれ、まだお客さんいたのか。で、このアポイタカラはなんで体重計に載ってるんだ?」


 ぎゃーぎゃーと言い合いをしていたら、ゴルフの打ちっぱなしに出ていたパパが帰ってきた。



 アポイタカラ顛末を聞いたパパは一度お約束のようにぶっ倒れ、ふらっと起き上がりながら爆弾発言をした。


「自家用ヘリを買おう。パパとママが免許を取ればいい。免許を取るまではパイロットを雇えばいいし、そうすれば近場じゃないダンジョンにも短時間で行けるようになるぞ」

「パパ賢い!! 今までで一番有益な意見出た!」

「あと、車がもう一台欲しい。キャンピングカーを買うのがパパの夢だったんだ」

「私のお金ですが、名義パパでいけるの?」

「いけるよ」


 前からたびたびキャンピングカーが欲しいと言っていたパパだけど、300万くらいだったよね。それを安いと感じるなんて、既に狂ってる!


「じゃあ私パソコン買い換えたい! もっとスペックいいやつに! 20万円くらい掛けてもいい!」

「ママも! ゲーミングPCとゲーミングチェアと自分用のテレビが欲しい! あとキャットタワー買い換えよう!」

「柳川家、欲望がささやかだな……」

「蓮くん、自分のことじゃないのに感覚狂ってどうすんの? 300万のキャンピングカーは全然ささやかじゃないよ?」

「やべえ、やべえよ……俺は一般人なんだよ……金銭感覚狂ったら終わりなんだ」


 頭抱えて悩み始めるアイドルよ……よくよく考えたら君は他人事じゃなかったわ。


「肝心なことを忘れてたけど、このアポイタカラで私と蓮くんの武器作らなきゃ。防具も」

「俺のも!? なんで!?」


 そりゃパーティー一緒だからだよ。なんでって聞きたいのはこっちだわ。本当に、なんで驚きすぎてひっくり返ってるのこの人。


「何言ってんの? 一緒にユニット組んでダンジョンアタックするから当たり前でしょ? 武器防具はパーティー共有財産だよ。ダメダメステータスの蓮くんを安全に鍛えるためにもいい防具作らなきゃ。そのためにかかるお金も売却した分から出すんだよ」

「アッ、ハイ、ソーデスネ」


 うわっ、ダメステータスイケメンヒーラーが白目剥いてる。絶対にファンに見せられない顔になってるわ。

 面白いから撮影しておきました。写真撮られた本人気づいてなかったみたい。

 どんだけ衝撃受けてるんだ。

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