約束の午後2時ジャスト、事務所の社長という頭のテカったおじさんと蓮くんがうちに来た。
蓮くんが昨日着てたブルーローブっていう装備は、やたらベルトがついててトレンチコートをパンクにした感じの防具だった。名前の通り色は青。
襟のところに無意味に細いベルトが2本付いてるの。存在意義がわからない!
調べてわかったんだけどブルーローブは魔法使い向けにスポーツブランドが出してるもので、たいした防御力も能力補正もないのにただ格好いいってだけで4万円くらいするやつだったよ。
びっくり。初心者の服なんて2000円で買えるのに。
そんなおしゃれしたいお年頃の彼は、今日は白いワイシャツに紺スラックスという、高校の制服みたいな格好をしてた。案外本当に制服かも……、
ママは昨日あんな脅しをした人とは思えない様子で穏やか、かつにこやかにふたりをリビングに案内し、社長さんが袋から出して差し出したお土産だかお詫びだかのお菓子を受け取ってテーブルに置いた。
おお、これはかの有名な謝罪の定番辰屋の羊羹! しかも杉箱入りだ。絶対お高い奴だよ。一度食べてみたかったんだよねー。
社長さんと蓮くんの前に冷たいお茶を出して私とママが座ったところで、社長さんが先手必勝の構えで口火を切った。
「本日はお時間を取っていただきありがとうございます。わたくし、アルバトロスオフィスの社長をしております中川と申します」
しゃべりながらも名刺を出すのを忘れない。こういうところはさすが社会人。ママは立って両手で名刺を受け取ると、テーブルの上、左手の方に名刺を置いた。
「昨日はうちの聖弥と蓮がご迷惑をおかけしまして……」
「ふたりには何も迷惑はかけられてませんよ」
思わず口出ししちゃったよね! 蓮くんたちが悪いみたいな言い方、イラッとしたもんで。
「そう、むしろ迷惑を掛けた元凶は中川社長、あなたです。こんな高い物をお詫びに持ってくるくらいなら、SE-RENにもっといい装備をさせてあげるとか、いろいろあるんじゃないですか?」
「誠に……申し訳ない……」
たたみかける私とママの発言に、頭を下げていた社長さんはソファから滑り降りて、そのまま床にめり込むかという勢いで土下座をした。
「実に勝手なお願いとは重々承知しておりますが、聖弥が怪我から復帰してくるまで、ゆ~かさんに事務所に所属していただき、蓮とユニットを組んでいただけないでしょうか」
おっと、謝罪かと思ったらまさかのお願いだ。謝罪ターン短くない?
私が驚いている間に、見下しモードに入ったママが氷点下まで一気に下がった冷たい声で社長さんを問い詰める。
「ゆ~かと蓮くんがユニットを? ゆ~かの知名度を利用して蓮くんのファンを増やして、しかも配信収入は事務所に入るってことですか?」
ママ……社長さんそこまでは言ってないよ! ほら、土下座通り越して背中が丸まっちゃってるじゃん。これじゃあガマガエルだよ。
ママの攻撃を受け続ける社長さんがちょっとだけ哀れになった私です。
「そ、その……確かにそれは……仰るとおりで」
仰るとおりなのかーい! 哀れ撤回! なんだこのアホウドリ社長は。社会人経験の無い私ですら驚きの自己中だよ。
「今までもダンジョン配信させておいて、魔石とドロップ品を売却したお金は事務所に入れさせてたんじゃないですか? それで、そのお金は事務所の維持管理費とあなたの給料になってた。違います?」
「ア、そ、その、それは……」
更に問い詰めるママ。ああ、とうとう社長さん黙ってしまった。これは認めたようなもんだね。
社長さんが答えないものだから、ママの視線はソファに座っている蓮くんに向いた。
「蓮くん、どうなの?」
「……確かに、魔石とドロップを売却した金は社長に渡してました。何に使ってたかまでは知りません」
「うわ、サイテー」
おっと、思わず声が出ちゃったよ。本当に蓮くんたち搾取されてた。これは酷い。
午前中のうちに木刀と床掃除ワイパーと、私がソフトボールやってたときのバットを2階に隠しておいてよかったー。
いつものところに置いておいたらママが傷害罪で逮捕されたかもしれない。
「その話は一旦置いておきましょうか。それで、蓮くんとユニットを組むことでゆ~かにはどんなメリットがあるんでしょうか?」
「そ、それは……50万再生の知名度を活かしてアイドル活動ができるという点が……」
「ゆ~かはアイドル活動興味ある?」
「ありません」
「うう……」
女の子はみんなアイドルに憧れてると思ってたのかな? 社長さんが潰れそうだ。自業自得だけどね。
でもここで社長さんが潰れると蓮くんがいたたまれなくなるんだろうなあ。
「仮にユニットを組んだとして、元の知名度はゆ~かの方が上だったし、配信料は減るし、蓮くんにガチ恋が付いてたらゆ~かがストーカー被害に遭ったりする危険もありますよね? そういったデメリットのことはどうお考えで?」
ガチ恋っていうのは、アイドルとかに実際に恋しちゃうファンのことね。
ママの周りにも数人いるらしい。ママの場合は推しにガチ恋じゃなくて「産める!!」って叫んでるから違うと思うけど。
「それは、その……できるだけこちらも善処したく……」
「内容が全然無い回答やめてもらえます? 『善処します』で実際に何かした例を見たことないんですけど。そもそも蓮くんたちに対する扱いを見ていたら、親としてゆ~かをそちらの事務所にお預けすることは断固拒否します」
ああ、言い切った……。わかる、わかるけどね……。