「うわあ……凄い啖呵切った」
夜道歩くときは気をつけろよ、って私たちに絡んで来た輩よりたち悪くない?
まあ、ママの場合は本当にただの脅しなんだけど。いや、ただの脅しって何だ、脅しは脅しだわ……。
「おまえの母親、凄えな……」
さっきから脱力してる蓮くんが、ママの迫力に圧倒されて風に吹き消されそうな声で呟いた。
大丈夫かな? なんかダンジョンの中にいたときより存在感が希薄になってるように見えるけど。
「モンペなの。モンスターペアレント。ていうか、モンスターなペアレント? いや、ファンだからモンファン? 推しの事になると私のこと以上に熱いから」
「でもそういう人がいてくれると、嬉しいな」
「大丈夫大丈夫、きっと蓮くんたちにもいるって」
「他人事、気楽だよな……」
あ、口が悪いのは健在だった。大丈夫そうだ。
救急隊員さんがママに近付き、搬送先が決まったことを伝えていた。搬送先は南部総合病院らしい。茅ヶ崎にある大きい病院の中ではここから一番近いところかな。
「搬送先は、茅ヶ崎の南部総合病院です、と」
早速蓮くんがLIMEで社長さんにメッセージを送っている。うん、さっきママが怒鳴りつけたから、こういうときは一方的にメッセージ送るのがいいね。
「じゃあ、行こうか。蓮くんもゆ~かと一緒に送っていくわよ。
みなさん、いろいろありがとうございました。これからもゆ~かのことをよろしくお願いします」
手伝ってくれた周りの人に深々とお辞儀をするママ。でもサンバ仮面だからいまいち締まらない!
「あの、ゆ~かちゃんのお母さん、写真アップOKですか?」
「仮面付けてるのでいいですよ。ホホホ」
しかも写真出しOKしてるよ……。仮面付けて素顔がわからなければいいと思ってるのかな。むしろこれ被ってることで目立ちまくってるんだけど。
「ヤマト、おいで」
「ヒャン」
ヤマトは周りの人に入れ替わり立ち替わりご機嫌でモフられていたけど、私の一言で駆け寄ってきた。
う~ん、可愛いでしゅね~! ちゃんとマスターの言うこと聞いて偉ーい!
車に乗るときにヤマトを犬用ウェットシートで全身拭いて、後部座席に乗って私の膝の上で抱っこ。
ヤマトはちょっとおねむみたい。ほかほかしてる。今日は大物と戦ったからね。瞬殺だったけども。
蓮くんも私の隣に座り、ママが車を発進させた。
「そういえば、おまえさ……」
蓮くんがふと思い出したという様子で私に話しかけてきた。おまえ、という呼び方にいい加減イラッとするなあ。
「なんですか? イケメンヒーラー」
「その、褒められてるのかけなされてるのかよくわかんねえ呼び方やめろ! さっきまで蓮くんって呼んでただろ!?」
「私もゆ~かっていうOネームがありますぅ! 最初に名乗ったよね!? 人の名前くらい憶えなさいよ、イケメンヒーラー」
「くっ……」
特大ブーメランをくらってすっごく悔しそうに下を向く蓮くん。やがて彼はぼそっと衝撃発言をかましてきた。
「……悪い。実はテンパってて名前覚えてなかった」
「ええええー!」
びっくりだよ。人の名前くらい覚えろって散々言ってた本人が憶えてなかったとは。
「ごめんってば。その、ゆ~か……さん」
「気持ち悪っ! たった今まで『おまえ』呼びしてきてた人がさん付けしてくるの、予想外に気持ち悪っ!」
「ちくしょー! じゃあなんて呼べばいいんだよ! ゆ~か様か!?」
あ、逆ギレした。この短い時間の付き合いで既にわかっちゃったけど、この人結構短気だよね。私も人のことは言えませんが。
「ゆ~かでいいよ。
というか、配信中じゃないから改めて自己紹介するね。柳川柚香、高校1年。この子は従魔のヤマト。配信は小学生の頃からやってるんだ。ダンジョン実況始めたのは6月に入ってから。冒険者科の生徒は6月になるまでダンジョンアタック解禁されないの」
「それで俺よりLV低かったのか。……聞きたかったのはさ、さっきダンジョンの中で配信してたとき、ゆ~かの同接3000人って言ってただろ? ダンジョン出てからもおまえ……ゆ~かのこと知ってるみたいな人たちがたくさんいたし。
有名配信者なのか?」
「うっ、良かった、普通の人がいた!」
私たちのことを知らない人がいると安心する妙な感覚!
今朝から周りの態度が一変したから私自身も戸惑ってたんだよ。悪ノリはしてたけど。
「な、何だよその反応」
「私ね、昨日あのサザンビーチダンジョンでヤマトを見つけて、最初は迷子犬だと思って保護しようとしたらテイムしちゃったの。
それだけじゃなくて、ヤマトが規格外にステータス高くて、配信見てた人たちが『何だ?』ってなってどんどん増えてって、モンスを追いかけて走り回るヤマトを止めようと私も走り回ってたら、その動画が一晩経ったら50万再生されてて、知らない間に有名人になってて」
「ご、50万!?」
驚きのあまり蓮くんの声が裏返った。