間違いなく実況配信を見ていたママが、事態を察して迎えに来た。
これは下手に動くとすれ違いになるから、ここで待ってた方がいいんだろうな。
周りの人にお礼を言ったり、隠し部屋発見のお祝いを言われたり、ヤマトを抱っこさせてあげたりしていたら、羽根つきのサンバなお面を被った、見たことある感じの人がやってきた。
うん、見たことある感じ……着てる服とか凄く見たことある。具体的には家を出る前。仮面は見覚えないけど。
「……怪しい奴! 名を名乗れ!」
「ママだよ! オア~!」
謎のサンバ仮面は、頭をくねくね動かして「やんのか」的な威嚇をしながら、口を開いて私のおでこにおでこをぶつけてきた。
私も同じ動きでやり返す。
「オア~! うん、確かにママだ」
「……それ、何の儀式だ?」
「コブダイの喧嘩」
お互いに口を開いたままおでこで押し合う私たちを見て、蓮くんがめちゃくちゃ呆れている。
「人が多いって聞いたから、ゆ~かの母って顔バレしたくなくて」
「だからって、そんな羽の付いた仮面付けてこなくても。今おでこぶつけたときくすぐったかったよ」
「これしか顔を隠せそうな物がなかったの!」
ド派手な登場をしたママに、周りの人がどよめいている。中には「さすがゆ~かちゃんの母……普通じゃない」とか聞こえたけど。いや、聞いてない聞いてない。キイテナイヨー。
そんな中、サイレンが近づいてきて救急車が到着した。蓮くんが救急隊員に駆け寄って地面に横たえられた聖弥さんの元に誘導する。
救急車からストレッチャーが降ろされて、聖弥さんは救急隊員さんの手でそれに乗せられた。そのままストレッチャーは救急車の中に運ばれていく。
「どういう状況だったんですか」
誘導した蓮くんに救急隊員さんが尋ねる。そうしたら、その横にいたママがサンバ仮面のままですらすらと答え始めた。
「怪我人の名前は由井聖弥さんです。ダンジョン最下層でシーサーペントのウォーターボールを受けて倒れた感じでした。
本人は背中と胸が痛くて肋骨折ってるかもと言ってましたが、しばらく気絶してたようですし、あの倒れ方では頭を打っている可能性もあります。意識レベルは今のところ明瞭です」
うっ、簡潔で的確な説明で、言葉だけ聞いてると凄く出来る人に感じてしまう! サンバなのに! サンバなのに!!
「なるほど、わかりました。病院で検査をすることになるでしょう。今受け入れ先の病院を探していますので」
「はい、病院が決まったら教えてください。彼の同行者は私が車で連れて行きます」
「……失礼ながら、保護者の方ではないんですよね?」
今!? 今気づいたの? 救急隊員さんー!
私はあわあわとしていたけど、ママは落ち着き払って返事をする。
「関係で言うと、無関係ですね。目撃者ではありますが」
救急車って患者を乗せたらすぐ発車するのかと思ってたけど、受け入れ先の病院が決まってから移動を開始するらしい。私は初めて知った。
そして蓮くんは、力の抜けたような声でぽつりと呟く。
「あ……社長に電話しないと。聖弥が怪我したって……配信、見てたかな」
「安永蓮くんね? 今日マネージャーは来てないの?」
ママが蓮くんに話しかけている。マネージャー! そうか、アイドルだからそういう存在がいるんだ!
「マネージャーはいません。……うち、弱小事務所で社長と俺たちふたりが所属してるだけで。社長兼マネージャーって感じで、社長命令でダンジョン配信やってるんですけど、一度もダンジョンに来てくれたことなくて」
「待って、それ詐欺じゃないの? 搾取されてない?」
私が疑問を持ったことを尋ねたら、蓮くんは困ったように首を振った。
「一応、前は俺たち以外にもいたんだ。そいつらが独立するとき、マネージャーも連れてっちゃって」
「なるほど、わかったわ。社長に報告するんでしょう? 今ここで電話しなさい」
毒が抜けたように大人しく頷いて、蓮くんは電話をかけた。
お疲れ様ですとか言ってるけど、蓮くんたちの方が絶対お疲れだよ!?
聖弥さんが怪我をしてこれから救急車で運ばれるってところまで蓮くんが説明したら、ママが凄い圧のある声で「代わりなさい」と言った。
蓮くんは若干怯えた様子を見せながらママにスマホを渡す。ママはスゥと深呼吸すると、落ち着いた声で話し出した。
「もしもし、お電話代わりました。わたくし、聖弥くんと蓮くんに同行したゆ~かの母です」
――しかし、ママの声が落ち着いていたのはそこまでだった。次の瞬間から、私だったら逃げ出したくなるような怒号が辺りに響き渡る。
「こんな若い子をマネ付けずにダンジョンみたいな危険な現場に出すなんて、何考えてんの!
ダンジョン配信は上手くいけば当たるかもしれないけど、この子たちが怪我したりしたとき、悲しむのは彼らを推してるファンもなの! ファンを悲しませるのは一番やっちゃいけないことだってのはわかってんでしょ!?
推しがいる身としてそういう行為は断固として許せん。弱小事務所で人が回らないって言うなら運用考え直せ。それがおまえの仕事だろ。
夜道歩くときは気をつけろよ、じゃあな!」
ママは後半になるにつれドスのきいた低音で社長を脅すと、怒りが冷めやらないのかフンと鼻を鳴らして電話を切った。
オタクの怒り、コワイ……。