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8見せ物じゃないよ、俺の恋人だよ

HR直前の教室は、賑やかで臭い。主に朝練習帰りの生徒だとか、朝弁を広げる食いしん坊のせいだ。ドアを開けてぶわりと広がった臭気に、内心顔を顰めた。

「悠太ァ、遅ェぞぉ。重役出勤かー?」

「お前ダル絡みやめろよ……はよ、悠太」

クラスメイトの呼びかけに応じながら、椅子を引く。席に着くなり、隣の席で寝こける同級Aを叩き起こした。

「痛!い、痛ー!!」

「おはよう」

「…………随分な挨拶じゃねぇか、絢瀬くんよぉ」

姿勢を治す同級A。頬杖を突く其奴を横目に、一限目の教材を机に広げた。

「お前最近来るの遅ぇよ。退屈で寝ちゃう」

「本屋敷くんと登校してるからねぇ」

「あー、なるほどね。本屋敷くんと」

伸びをして、欠伸をして。

「…………本屋敷くん?!」

目を剥き飛び起きた同級Aの、鼻頭を摘む。目がキラキラしている。猫とか見つけた子供が、確かあんな感じだった。ボコボコにしてぇな。ボコボコにしよう。

「お前、え、お前。まだ本屋敷くんと続いてたわけ?」

「そうだよぉ。聞きたい?」

「聞きたい聞きたい。何ヶ月目ー?」

「えー?何ヶ月だと思う?何ヶ月だと思う?」

「8ヶ月ゥ?」

「うふふ」

「勿体ぶるなよー!何ヶ月ぅ?」

「12、ヶ月???」

「エ?おめでとォ?」

拍手しながら、額を突き合わせる。アハハウフフと暫く笑って、そのまま同級Aに頭突きした。

「なン………ッ、?」

掴んだ胸倉を離せば、仰け反ってそのまま倒れる。大転倒を見届けて、筆箱からシャーペンを取り出した。教室が俄にザワついたが、現場を見ている人間は居ないので良しとする。そのようなタイミングで決行したゆえ。

「ええ、何。急に、えぇ?頭突き?」

「ノロケ聞いてくれたから、マイナス1ポイント」

「は?何が溜まってて何が減点されたの今」

「ボコボコポイント」

「……もうシンプルに怖いよ…………」

椅子ごと一歩後ろに下がって、露骨に引かれる。微笑みかければ、何かに怯えるように肩を抱いて机に向き直った。キャアと湧いた女の子にもう一度微笑みかければ、ギャアと言う絶叫に変わる。

そういえば本屋敷くんと付き合い始めて、告白は減ったが。同級Aのように、もう、周りには破局した物と思われてたりするのだろうか。

「なんかぁ、ファンクラブできてるらしいよ」

「ファンクラブ」

先刻までガタガタ震えてた同級Aが、また頬杖を突きながら此方を見ていた。この図太さは割と好きだ。

「お前と本屋敷くんの。そう言うの、ある程度需要あるんだねぇ」

「…………なんで本屋敷くん?」

「しらね。なんか美形と美形が絡み合ってるのを見守るのが云々かんぬん……。アイドル推すような物じゃね。女の子の考える事はわからん」

「だからモテないんじゃない?」

「ハァ?お前ほどじゃ無いけど、俺もモテるんだぞ!バレンタインなんてなァ……!」

14コだ14コ!義理抜きで!なんて叫びを背に、シャーペンを回す。それは少し面白くない。本屋敷くんは楽しい子だけど、こう、アイドルみたいになってほしいとは思わない。

「…………お前、そのペン買い替えたら?」

話題に飽きたのだろう。俺のシャーペンを指差す同級Aに、「これは良いんだよ」と返す。

「使い慣れてるやつだし、もう売ってないやつだから」

「物持ち良い方だっけ?」

「別に?替えが効かないってだけ。……それよりお前、」

身を乗り出して、満面の笑みを浮かべる。両手で其奴の席に頬杖を突けば、駅中で吐瀉物でも見つけたような表情で仰反る。俺にそんな目を向けるの、多分後にも先にもお前だけだよ。ボコボコポイントは加点しておくとして、今はもっと大事な事がある。

「その話、もっと詳しく聞かせて?」



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