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5彼が振られる理由

お出かけデートの後は、予約したレストランでちょっと高めの料理を食べる。それは多分、ファミレスデートとはまた違った趣のある物だ。前も言ったけれど。映画の感想なんて語り合ったりしちゃって、多分それはすごく楽しい時間だ。

「映画デートで何故あなたが振られたのか。何となく分かった気がしました」

「ええ?」

和風パスタを巻き取りながら、本屋敷くんは言った。俺は俺で、口に運びかけたカルボナーラを皿に戻す。

「映画、つまんなかった?」

「いえ、俺はすごく楽しめました。久々に良い物を見せてもらった」

「でしょ!本屋敷くん、絶対あれ好きだと思ったんだよね」

「ええ。ただ、何も知らずにあの血みどろヌトヌル猟奇映画を見せられるのは、人によってはテロ行為に等しいのでは?」

今度こそパスタを咀嚼して、回想する。あの時は、最初から「悠太の好きな映画で良いよ!」と言う話だったのだ。だから俺の趣味で選んだ。タイトルも事前に知らせた。映画デートでサプライズとか、ちょっと正気の人の発想じゃねぇし。でも、結果はヒサンだった。映画中は終始震えてるし、映画終わりの食事はお通夜だし。

彼女は「君の好きにしてね」なんて言ったけれど、それは決して、「何でも良い」と言う意味ではなかった。

それちょっと、俺には難しい問題だったかも。

「『やっぱり無理』って言われるのが嫌だったんだよね」

「え?」

「受け入れて貰えたなんて勘違いして、馬鹿みたいに浮かれて。後から拒絶されちゃったら、2倍辛いからさ。そんなら最初から、拒絶された方が良いって言うか……」

「だから何の話をしてるんです、きみは」

本屋敷くんは、心底意味がわからないとでも言いたげな声で、首を傾げる。口いっぱいにパスタを詰め込んでいるから、中々喋れないみたいだ。ハムスターみたいで面白いけど、ここでの沈黙は、すごく居心地悪かった。

「俺はね」

漸く麺を嚥下して、俺の顔を覗き込んでくる。

「後から拒絶するくらいなら、最初から受け入れませんよ。二度手間ですし。提案の段階で否定します」

「…………」

「それに何度も言いましたが、俺あの映画結構好きでしたよ。君は何をそんなに気に病んでるんです?気分が優れないのなら、そのパスタ頂きましょうか」

ヌッと伸びてきたフォークから、さりげなく自分の皿を退避させる。相変わらずの鉄面皮で、何を考えているのかは分からないけれど。彼にとって当たり前の言葉が、すごく心強い物のように思えた。

「ありがとう」

笑えば、きょとと、琥珀色の目が瞬かれる。すぐに伏せられた睫毛が、陶器みたいな肌に影を落とした。

「それより、デートらしいお話しましょう」

「映画の感想とか」

「ご飯中に臓物の話をするのもどうかと思いますけどね」

「そう思って、お昼は肉じゃなくてイタリアンを予約しました」

本屋敷くんの手が止まる。フォークを見て、また、俺の顔を見た。「君は、」と何か言いたげに口を開閉させて、やがて諦めたようにパスタを掬う。

「俺は面白いと思いましたが、そうだな。君の感想を聞いていなかった。この映画、お眼鏡に叶う物でしたか?」

「…………」

少しだけ迷って、「面白かったよ」と答える。これは事実だ。けれど、それだけが真実全てではなかった。胸に支えた物を、口に出すかどうか検分して。

「一つ不満がある」

結局、俺はそれを打ち明ける事にした。彼はきっと、思想の違いで俺から離れて行ったりはしない。

「殺人鬼の原動力が、『愛』だったって所」

「へぇ。憎めない悪役は悪くなかったですけどね」

「殺人鬼に人間味を持たせちゃったら、急にちゃちくなった気がするんだよね」

「人間味……、ああ、愛は人間の特権ですもんね」

「そうなの?でもああ言うのって、話が通じなくて、理解が及ばないから恐いし魅力的なんじゃない」

「成る程。純粋なスプラッタを期待していたのなら、確かにそうかもですね」

空になった皿に、本屋敷くんはフォークを置く。グラスを傾けて、冷たい水を嚥下した。

「俺は感動しましたよ。『殺したい程愛してる』って、割とよく聞くフレーズな気もするけど、何となく理解できたのは初めてで」

「あれがラブロマンスだって言ってるの?」

「途中からはそのつもりでしたね」

目から鱗だった。同じ物を見ながら、ここまで違う印象を抱くだなんて。やっぱり本屋敷くんは面白い。彼の考えが純粋に知りたくて、少しだけ身を乗り出した。

「なんで愛してる相手を殺すの?周りの人殺したり、本人を閉じ込めちゃう辺りまでなら、まだ理解できたけど」

「可愛さ余って憎さ?って奴ですかね?……確かに、その矛盾を言語化するのは難しいな」

「本屋敷先生でも難しいかぁ」

「難しいですねぇ。彼の気持ちが分かったら教えてください」

「好きな女の腹ァ裂くやつに共感できるかよ」

そんな日はきっと永遠に来ない。力になれそうにはない。そう言うつもりが、思いの外強い言葉が出て驚いた。本屋敷くんの表情は相変わらず動かないけど、黒髪が少しだけ逆立っている。驚いているのだろうか。

「それはそうですけど……いや、そんな感じでしたっけ、君」

驚いていたみたいだ。

申し訳なくなって、「ごめん」と後頭部を掻く。本屋敷くんに苛立ってたわけじゃない。フィクションとは言え、異常者でさえ愛を獲得し得るのだと言う事実が、何となく腹立たしかった。ともすれば。あれを『愛』と形容してしまうなら、人を愛したことすら無い人間は、あれ以下と言う話になってしまうが。

「怪物を謳うなら、死ぬまで怪物でいてくれないと」

「厳しいですね」

「身の程って大事じゃん?」

笑って、最後の一口を咀嚼する。小さく頷いただけで、本屋敷くんは何も言おうとはしない。やけに凪いだ双眸が、ただじっと俺の事を見つめていた。



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