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4嫉妬深い恋人

「待った?」

「7カップ麺くらいです」

「それって食べ終わるまで?」

「そこは個人差なので考慮しません。作って終わりです」

「21分かぁ。お待たせしました」

新たな単位に適応しつつ、腕時計を見る。前回からの調整も兼ねて5分前に着いたけど、次はもう少し早く来ても良さそうだ。「いいえ」と笑う本屋敷くんは相変わらず美青年で、人気の無い集合場所を選んで良かったと思った。

「行こっか。ポップコーンとか買ってたら丁度良い時間でしょ」

「君はキャラメル派ですね」

「決めつけてかかるねぇ」

「実際どうなんです」

「秘密。本屋敷くんは塩派でしょ?」

「何でバレてるんだ…………」

軽口を叩きながら、駅の構内を歩く。自動ドアを潜り、駅とデパートの境にあるエレベーターを待った。

エレベーターは4つもあるので、きっと直ぐに到着するだろう。けれど、それだけの待ち時間が嫌にもどかしく感じられる。

なんせ、今日は映画館デートなのだから。

あのデートの約束の後、すぐに日程調整を行い、2人分の座席を予約した。自分がここまで能動的に動けるタイプだとは思わなかった分、驚きである。

「全部任せきりにしちゃって申し訳無いです」

「俺がしたくてした事だから、気にしないで。…………あ、エレベーター来た」

ノロノロと乗り込んで、9階のボタンを押す。一緒に乗り込んできた少女に、ペコリと礼をされて気分が良くなる。

「でも、思うんですよ。だからと言って、これから見る映画のタイトルすら知らないのは如何な物か」

「世の恋人はサプライズってやつが大好きなんだよ」

「成る程」

スマホにタプタプとメモを取る本屋敷くん。あ、人差し指フリックで打ち込む派なんだ。心配になるけど、騙しやすくて助かる。

このビルは10階建てなので、9階に着く頃には人も大分少なくなっていた。開けるボタンを押したまま、少女が出て行くのを見守る。

「あ、俺ちょっとお手洗い行ってきます」

「おっけー」

本屋敷くんは、エレベーターから出るなりトイレへと駆け込む。俺は腕時計を一瞥して、カウンターに続く列に並んだ。ポップコーンでも買っておこうと思った。本屋敷くんは塩派なのを俺は知っている。

「すみません」

肩を叩かれて、振り返る。同い年くらいだろうか。栗色の毛をしたハーフアップの女の子と、黒髪ショートの女の子が立っていた。どちらも涙袋のぽってりとした、可愛くてキラキラした子だ。

「あたしたちここの映画館初めて来たんですけど、物販の場所が分からなくて。……良かったら教えて貰えませんか?」

栗色の髪の子が、俺の袖口を摘みながら言った。

「あー、券売機あるじゃないですか。そこ真っ直ぐ行って、右に曲がったらありますよ」

「ありがとうございます!ところで、今日は何の映画を見にきたんですか?」

列に従って進みながら、女の子と問答する。トイレの方を一瞥して、本屋敷くんの姿が無いのを認めた。

「『ドント・ムーヴ』ってやつ。好きな監督のなんだ」

「偶然ですね!同じの見る予定でした。私たち、スプラッタ大好きなんです」

ね、と微笑みかける茶髪に、ショートの子が頷いた。意外だ。こんな子たちが、まさかこの映画目当てに映画館に足を運ぶとは。『上映中に気絶した』『怖すぎてトイレに避難した』『間に合わなかった』『漏らした』などと、不穏なレビューが後を絶えない問題作であるが。万人受けする物を作る監督だとは思っていなかった分、理解者と出会えたのはとても嬉しい。

「その、まだ券買ってないんですけど。隣の席で観ませんか、映画」

「ああ……」

いじらしく発せられた言葉に、やっと全てを理解する。最近はこう言う目で見られるのが少なかった分、すっかりと忘れていた。俺ってば結構モテるんだった。落胆に肩を落としそうになってしまうが、どうにか踏み留まる。沈む内心を誤魔化すみたいに、笑みが深まっていくのが分かった。

「塩のMサイズと、キャラメルMサイズ一つずつ。あとは、コーヒーとコーラ」

「私たちも怖くて……」

「わかる、こえーよね。……ああそう、飲み物も両方Mでお願いします」

「お兄さんが近くにいてくれたら、心強いなって」

注文を終えると、もう一度袖口を引かれる。潤んだ大きな目が、こちらを見つめていて。困ったな。こう言う時の断り方が、よく分からない。基本断らなかったから。

「えっと、すみません。今日俺ツレがいて───、」

「そうですよ、絢瀬くんの右隣は俺の席です」

「うわ、びっくりした」

「左隣は空いてますが、彼には俺だけに集中してもらわないと困る」

「映画にも集中したいかな……」

ひょっこりと、背後から顔を出す本屋敷くん。その手にはいつのまにか、先刻頼んだジュースとポップコーンのセットが握られていた。助け舟は嬉しいが、彼の登場が、状況を好転させる物かと言われればそうでもない。

「えー!お連れさんですか?」

「お友達もカッコ良いー!」

増えた美形に、目を輝かせる女の子たち。本屋敷くん、驚いたような顔をしているけど、割と妥当な展開だと俺は思うよ。

「お連れさんも一緒にどうです?」

「えっ、ちょ、腕掴んじゃ……ポップコーンこぼれちゃう……」

「スプラッタ、女2人じゃ不安でぇ」

「スプ……スプラッタ見るんですか!?誰が?!」

「やだ。お兄さん達、この映画目当てできたんでしょ?」

「やっぱ俺が見るんです!?初耳。初耳だぞ」

動揺か、興奮か。頬を上気させ仰反る本屋敷くんは、本当に女子への免疫が無いのだろうと思った。彼はこれまで、どのような人生を送ってきたんだろう。もみくちゃにされながら、縋るような目でこちらを見てくる。

「えぇと、どうしますか。絢瀬くん」

「え?なにが」

「いや、彼女達も不安だと言ってますし……」

「いやいや、」

乾いた笑みが漏れる。本屋敷くんの肩を引き寄せて、溢れそうになったポップコーンとドリンクを支えた。そう言えば、俺の分もずっと持たせちゃってたな。申し訳ない。

「……ないでしょ」

────だってこれ、『デート』なんだからさ。

二人きりじゃないと、意味がない。俺でも知ってる事なのに。やっぱり本屋敷くんは、本当に恋愛って物を知らないらしい。そこら辺も、今度教えてあげた方が良いのかもしれない。

肩を抱く手に少し体重をかければ、どうしてか、女の子たちは肩を跳ねさせた。かと思えば、みるみる顔が青褪めていって。大丈夫かな。今になって、あの監督の作品に対面すると言う実感が湧いてきたのかも。

「……絢瀬くん?」

「あ、そろそろ始まるじゃん。早く行かないと」

「あ、本当だ。すみません、お嬢さん方」

俺の顔を見て、腕時計を見て。そして、本屋敷くんはぺこりと頭を下げる。その手を引きながら、俺もまた女の子たちに「ごめんね」と笑う。

相変わらず強張った表情のままの彼女達を尻目に、入場を急いだ。



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