「なんで?」
微笑んだまま尋ねれば、アンバーの目が所在無さげに彷徨う。可哀想に思えなくもないけれど、相互理解は大事だからしょうがない。
『恋人』なんだから、尚のこと。
相手のことを知りたいって思うのは当たり前だ。
「恋愛、と言う物が知りたくて」
「それまたどうして」
「そう言うものを扱おうと────ううん、説明が難しいな」
ウンウン唸りながら、本屋敷くんはグネグネと身体を捻る。
「笑わないでくださいね」
「保証できない」
「じゃあやめよ……」
「まってまって。笑っちゃうかもだけど、馬鹿にはしないから」
「……本当かなぁ」
「ほんとほんと」
宥めれば、やがて決心をしたように背筋を伸ばして、咳払いをする。決心したと言うよりかは、ヤケクソって言った方がしっくりくる風態だけど。
「俺、物書きの仕事をしているんです」
「物書き」
「そう、小説です。それでこう、知らない物は書けないと言うか。恋愛は本当にどうしようもなくて」
「へぇ、すごいね」
これはすごい。本屋敷くんは、本屋敷くんじゃなくて本屋敷先生だったわけだ。無礼な態度を取ってしまった。だとすれば、俺は非常に光栄な役を仰せつかったのではないか。
「男同士の?そういうの需要あんの」
「需要云々じゃ無いのですよ……と言うのは建前でしかなくて。恋愛物とは、往々にして一定の需要があるからね。しょうがないね」
「乗り気じゃないんだ?」
「正直。けれど、どうせ書くのなら、楽しんで書きたいでしょう。程良く捏ね回した、面白い物が」
「それはそう」
どうせやるなら面白い物が良い。わかる。当たり前の事だ。ウンウンと頷く本屋敷くんは、その表情だけが能面みたいに動かない。ちょっと気色悪い。
「というか、男同士と云う拘りは特に無いんですよ」
「え、じゃあ何で俺なの」
本屋敷くんはゲイなの?
そう尋ねれば、「違います」と首を振る。よく見たら眉間に皺が寄っている。不服だったのだろうか。
「…………君以上に経験豊富そうな方を見た事がないので」
「本音は?」
「断らない、傷付かない、後腐れ無い。……ほら完璧!」
「クズじゃん……」
ちょっと引くくらいクズな理由だった。
彼の相手になりたい女の子は山ほど居るだろうけど。その子たちの純愛を弄ぶのは、ドクズ……もとい本屋敷くんとて気が引けるという事だろうか。その点俺は確かに、断らないし、傷付かないし、根に持つようなことはしない。とても都合が良い。
でもこれって、まんま『都合の良い男』ってやつなんじゃないか。
「男女の恋愛を書くのに、男と付き合ったところで参考になるわけ?」
「誤差ですよ誤差。男女だろうと男同士の恋愛だろうと、そう変わらんでしょう」
「…………なんかこう、君が恋愛向いてないって言うのが、今すごい分かった気がする」
「む……」
多分この場合、その顔をするのはどちらかというと俺の方だろう。本当なら大激怒して、「舐めるな」と一蹴するのが正しい反応だ。
「いいよ」
けれども、俺は今とても暇だった。正しさなんてどうでも良いので、とにかく面白そうな事がしたかった。
だってこんな機会、今を逃せば二度と出会えない。それに今の時代、恋愛を男だ女だで語るのも、中々にナンセンスだと思うし。もしかしたら俺たち、相性最高だったりするかもよ。
「改めてよろしくね、本屋敷くん」
首を傾け、笑みの形を作って見せる。相変わらず読めない表情のまま、本屋敷くんは差し出された俺の手を取った。
この子は、いつまで俺の恋人でいてくれるかな。