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第110話 ルイスが焦がれる欲望とは?

 その血筋を受け継いでいるルイスもまた、父親であるロスと同等に……いや、それ以上の野心家であった。


 彼も父親と同じく戦争を金儲けができるチャンスと知っており、数年前の東西戦争では株と金融業で大儲けをしていたのだ。

 だが父親が努力と斬新なアイディアで儲けたのとは違い、ルイスは狡猾且つ卑劣である。


 戦争も終盤半ばといった頃合いで東側に負けるという噂を流布、それを信じた投資家や貴族達が挙って持ち株をほぼ投売り価格で売却、それを持ち金だけで買い占めてしまったのだ。

 彼は父親とは違って、自らリスクを取るような真似はせずに多大なリターンを得てしまったのだ。


 そして今度はその金を元手に貸し金業を営むようになり、ありとあらゆる貴族や会社経営者へ融資を実行する。

 もちろん損をするような所へは出資せずに貸し金に見合うだけの担保か、何かしら有益な権利を有するものだけにしか金を貸さなかった。その目的は受け取るであろう利息も含まれているが、本当の狙いは別のところにある。


 金貸しから金を借りるということは、元本に利息を含んだ貸付金を毎月決まった日に分割で支払うということである。

 逆を言えば、もしその決められた日に利息を含んだ支払いができなければ、その時点で契約不履行となってしまうのだ。


 契約不履行とはそれ即ち、互いに誓約した契約書に書かれている文言を無視することであり、そこに「契約不履行時には、直ちに貸し金全額を返済する」または「返せない場合には、差し出した担保で弁済する」と、でも書かれていれば必ずそのとおりにしなければならない。

 そしてその文言を決められるのは、金を貸す側の人間であるルイス本人に他ならない。


 当たり前のことであるがルイスは自分が不利になるような文言は一切組み込まず、どんな状況に陥ったとしても自分が有利になることしかそこには書かれていない。そして金を借りる側は否応なしにそれに同意しなければならない。


 契約書に書かれた文言が社会的また経済的に通用しないことで、仮に裁判所に異議を願い出たとしても、法治国家においての契約とは絶対的且つ普遍的なものである。


 その理由として法治国家における社会とは、基本的に経済が土台になっているからであり、それを妨げてしまえば経済は円滑に回らずに国は衰退してしまうわけだ。


 もし弁が立つ者ならば市民から選ばれる陪審員を説得でき、自分の主張が通ることもあるだろうが基本的に判決が覆ることはほとんどありえない。

 法治国家もまた経済を完全に無視することはできないため、結局は金がある者達が強者であり、金が無い者達は人権すらも存在し得ない弱者となる。


 そうしてルイスは敢えて潰れそうな鉱山や石買い屋に融資を積極的に取り行い、そして金が返せなくなれば借金を理由に株を差し出させ、そのまま会社ごと乗っ取ることを生業にしていたのだ。

 それは商売を扱う者としてのモラルや慣例に背くことになるが、それでも反対の声を上げる者はほとんどいなかった。


 みんなどこかしらでルイスと繋がりがあるため、もし一度声を上げれば彼の耳元へまで届いてしまうのだ。

 そうなってしまえば様々な理由の難癖を付けられ、貸し金の引き上げ(いわゆる貸し剥がし)や担保割れ(資産価値の低下による追加担保の要求)を理由にされ、結局倒産させられるか安く買い叩かれてしまうその二択しか道は残されていない。


 当然その後の末路は悲惨なもので、その一家は路頭に迷い離散、男達は過酷な労働へと借り出され、女子供は奴隷のような扱いを受けて器量の良い者は資産のある貴族達の妻としてまるで娼婦のような扱いをされてしまう。

 そして労働者達も仕事を失い、餓死することを余儀なくされてしまうのだ。


 儲かる者がいれば、その反対に損をする者も必ずいる。

 それが世の弱肉強食というものであり、強きは弱きを食らい、更に大きくなっていく。


 ルイスは父親のロスとは違い、貸し金業といういつの世も必要で決して無くなる事のない産業を選んだ。

 今はまだ個人間での金の貸し借りであるが、いずれは正規の銀行業へとなろうとしていた。


 目先の儲けでだけ言えば、個人間の貸し付けのほうが都合が良い。

 契約書一つ取ってみても、自分の自由に書き換えることが出来るからだ。


 それなら何故、彼は銀行と言う公で制約を守らなければならないものを目指しているのだろうか?


(今の私は金も権力も余りあるほど……それこそこの街どころか国をも買えてしまえるような資産を持っている。だがそれでも一つだけ足りないものがある。それは……)


 それは人々からの『名声』という、すごく形無きあやふやなものだった。

 名声……つまり人から見た評判のことである。


 人々から賞賛され、憧れられ、尊敬の眼差しを向けられ、誰からも好かれることができる。

 それはルイスが一度たりとも味わったことのない、言わば金や権力では決して手に入れることができないものだった。


 今のルイスは他者から見れば、非情であり、冷酷であり、残忍であり、人を人とも思わぬまるで悪魔か何かのようにしか思われていなかった。

 それこそ彼が労働者達を人を思っていないのと同様に、ルイス自身も彼らから人とは思われていなかったのだ。


(考えてみれば、当たり前のことだな。金や権力で一時は人の心が買えたとしても、それは永遠に続くわけではない。一度途切れてしまえば手の平を返すようにして口々に私の悪口を言い、恨み辛みを吐き出す。例えそれは彼らが死んでもなお続き、まるで呪いかのように私の体に纏わりつく。それでも私は……私は……その茨の道をただひたすらに歩み続けるしかない。決して立ち止まらず、そして一度たりとも後ろを振り返ることなく、ただひたすら前へ、前へ……と)


 ルイス自身、これまで自分がしてきたことの行いについて後悔して来なかったわけではない。

 けれども彼の立場が、そして生まれたときより敷かれていたレールが、彼の生きる道さえも縛り付けている。


 それこそ機関車が事前に敷かれたレールから外れ道を間違えることが無いのと同じように、彼自身もそこから外れることはできないのだ。


 自ら新たにレールを敷き直すか、あるいは外から誰かが敷いてくれるその日までは……。 


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