「結局、俺は死ぬに死ねなかったんだ。ははっ。どうだ、なさけない話だろ? 自殺までしようと銃口を口に突っ込み引き金まで引いたってのに、リボルバーに収められていた一発の弾が古くて湿気っていたから発射されなかった。たったそれだけのことで俺は今こうしてデュランと話をしている……なんとも皮肉なものだよな」
「ふふっ。だが、人の運命ってヤツは得てして、“そういうもの”なのかもしれないぞ。俺も似たようなことで命を救われたしな」
あれからケインはマーガレットに自分が自殺するまでの経緯を説明すると。さっそくデュランが居る鉱山へやって来てそんな話を聞かせてくれたのだった。
デュランは彼のことを一目見て、まるで憑き物が落ちたかのように人が変わったと感じ取っていた。
「で、その足でここにやって来たってところか?」
「ああ、そうだ。俺はあのとき、あの瞬間にケイン・シュヴァルツとして死んでしまった。だからこうして今生かされていることに感謝しながら、新たな気持ちで生きていければと思っている」
「……そうか」
ケインの新たな決意を前にしてデュランは茶化すことなく、目を瞑ると何かを納得するように一度だけ頷いた。
それは戦地で似たような経験をした彼だからこそ、ケインの言っている意味をより理解しているかのようでもある。
人が変わるには“何かしらの外的要因”が必要になってくる。結婚や出産、あるいは身近な家族や恋人が亡くなった時、そして自ら死を覚悟し生き延びた者……時としてそれらがきっかけとなり、人はそれまでの考え方や生き方をようやく変えることができる。
何ともはや既に手遅れ感は否めないだろうが、それでも生きている限り遅すぎるということは決してない。例えそれが道を外そうとも、自ら歩まねば前へと進めない。それが人の生きる道……人生というものではないだろうか?
「デュラン……これまでのこと、本当にすまなかった。今更謝って済むようなことじゃないが、謝らせてくれ。何もかもが俺自身が招いたことだったんだ。……すまないっ!!」
ケインはデュランに向かい謝罪の言葉を口にしながら、頭を下げた。
プライドの高い彼が自らの過ちを認めた上で頭を下げている。それは彼が人として『成長した』ということなのかもしれない。
「…………もういいさ」
デュランは悲しいとも嬉しいともしれない面持ちでケインの肩に手を乗せると、二回軽く叩いてみせた。
「だがしかしっ……」
「しかしも何もない。過ぎたことを問い詰めても、今を変えることは出来ない。それはこれからも……な。違うか?」
「うっ。だ、だが……だとしたら、俺がこうして頭を下げているのにも、まったく意味が無いと言うつもりなのか!?」
自分の行為そのものを否定されたとケインは憤り、デュランに食って掛かろうとする。
「ん? ああ、いやいやそんなことは言っていないさ。お前自身が変わったってのは理解している。だがな、過去を変えることは誰にもできないんだ。そう……
「あ、ああそういう意味で……かっ」
デュランが改めてそう説明してみせると、ケインは自らしてきた行いのせいだと気まずそうな顔をしてしまった。
それもデュランとしてみれば、ケインが変わろうが変わるまいが過去を変えられるわけではないのだと、どこか達観したかのような気持ちで遠くの空を見上げているだけである。
「でもな」
「えっ?」
「でも人に過去は変えられないが、その場の行動次第で未来を変えることはできる。それは
「デュラン……」
デュランはそう言って振り返ると、どこか寂しそうな顔をしながらも微笑んでいた。
過去を変えたくないわけじゃない、そして後悔してこなかったわけじゃない……。だが、それでも結局、人は過去を変えることができない。だから未来に向かい歩むしか、道はない。
家が没落し、家族も婚約者も何もかもを失い、それでもただひたすら前を向いて歩む。それが人の歩む道であり、没落貴族の歩み方なのかもしれない。
「なぁケイン……もし……もしも良かったらなんだが、俺と一緒に鉱山の仕事をしてみないか?」
「鉱山の……仕事を? デュランと一緒に?」
「ああ、そうだ。…………嫌か?」
言い出すのが気恥ずかしいのか、デュランはクルリと背を向けながら、そんなことを口にする。
さすがにこの申し出にはケインでさえも、驚きを隠せない。だがそんなことはお構いなしと言った感じにデュランは再度言葉を投げかけた。
通常ならば、ありえない申し出である。いくら親戚であるとはいえ、またケインに対して恨み辛みこそあれ、そこまでする謂れはなかったことだろう。
だがデュランはそれでもケインとともに、鉱山の仕事をしていきたいと考えていたのだ。
それは彼自ら命を懸け生まれ変わったからこそ、言える事ができた言葉なのかもしれない。
ケインもまた一度は死への恐怖を体験したことで自分と同じように生まれ変わることができるはずなのだと、デュランは考えそんなことを口にしたのだった。