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第72話 商売の基本

「あっ、そういえば聞き忘れていたのだが、リサもあのマダムと呼ばれていた店主と知り合いだったんだな」

「うん。ボクはいつも市場を出入りしていたから自然と名前も知られてるんだ。でもでもお兄さんも知り合いだったんだね。どこで知り合ったの?」

「俺もちょっとした理由というか、偶然店を前にしてリンゴを購入したりして、そこでレストランの話になってな。それで今日もわざわざ他の人を連れて食べに来てくれたのだろう」

「あのリンゴがそうだったんだね。お兄さんが急にリンゴをお土産にしてきたから、なんだか変だなぁ~っては思ってたんだけど、マダムのお店なら納得だよ」


 デュランはマダムと呼ばれる店主の話をリサへと振り、簡単に知り合った経緯を互いに話した。


 どうやらあのマダムとやらは、あの市場を仕切るリーダー的な存在であり中心人物とリサは話してくれた。実際あの人が今日レストランに客達を引き連れてきてくれなかったら、誰一人として客が来なかったのは言うまでもない事実である。


 商売……それも接客業を生業にする場合には客とのコミュニケーションはもちろんのこと、店同士が互いの店を利用しあう助け合いも重要視される。

 人間誰しも食べ物を食べなければならず、実際昼時にはどこかの店で食べに行くか、もしくは自分の店で取り扱う商品ないし家で食べるかしか選択肢はない。


 またどうせなら知り合いの店で昼食を取れば相手もそれを理解して、今度は自分の店を利用してくれることもあるわけだ。それも市場のように横の繋がりがある小さな店店みせみせならば、それはより強い結束や信頼と成り得る『困ったときにはお互い様』という言葉で締めくくられることになるだろう。


「そ、そうだ忘れていた。俺、マダムの店に用事があったんだ……」

「そうなの? 今日はもう店仕舞いだから、安心して行って来ても大丈夫だよ」


 デュランはマダムの話が出たそこで、彼女の店にリンゴを買いに行かねばならないという“日課”を思い出した。リサはデュランに対して出かけても大丈夫と、元気良く見送りをしてくれた。


 当面レストランの営業は昼のみとして夜の営業はしないことになった。それは酒であるエールを仕入れる資金もなく、また昼でさえも客が来ないためでもある。それに客が来ないのに無駄に夜まで営業して蝋燭ろうそくや油代を消費するわけにもいかず、まずは昼時の繁盛を目標にすることになった。


 デュランはアルフとネリネに今日の日当分である、家族分の黒パンとスープを分け与える指示をリサに出してから急ぎ市場へと向うことに。その際、アルフもネリネもまた最初は「あまり仕事をしていないのにその受け取れない」と断ったのだが、正当な報酬であるとデュランが伝え感謝をしながら受け取り家々へと急ぎ帰っていった。



「やぁマダム。今日はリンゴがあまり残ってはいないんだな」

「おや、アンタかい」


 デュランは市場に居るマダムの店へと赴き、そして声をかけた。

 見れば店先には数個ほどのリンゴしか残ってはいなかった。


「そうさね……っと言いたいところなんだけど、今日は仕入れ量があんまりなかったからね。売れる分も少なかったから余りもないんだよ」

「むっ」


 マダムにそう言われ、なんと返答を返していいのかデュランは分からずに唸ることしかできなかった。

 仕入れる量が少ないということはそれだけ売り上げが上がらず、当然店に入る利益も少ないということになる。


「失礼だが、もしや資金が足りないとか……」

「うん? あっはははっ。そんなアンタに心配してもらうほどあたしは落ちぶれちゃいないよ」

「そうなのか? これは失礼なことを口にしたな」

「いや、いいんだよ。あたしを心配してくれて言ってくれたんだろ? 今日はちょ~っと、リンゴの値が高くてねぇ~。その関係で仕入れ量を減らしただけなんだよ。だからアンタが気に病む必要はないよ」


 どうやらデュランの心配は杞憂のようだった。


 聞けばその日その日によって、リンゴの仕入れ値が変わるために仕入れ量を変えているらしい。

 それは自分に入る利益のことはもちろんのこと、買いに来る客達に少しでも安く売るための配慮とのこと。


 商品が売れ残り余れば、当然その分の皺寄せは店先に並ぶ商品価格へと転嫁されるか、もしくは店主自ら被るしかなくなる。一度や二度ならば、損を被ることが出来るだろうが毎日のことではそうもいかなくなる。


 だから商品には、初めから商品の『仕入れ代金』はもちろんのこと、『人件費』や場所代などの『維持管理費』などのいわゆる『固定費』と呼ばれるもの、それに『利益』や『損』も当然そこに含まれることになるわけだ。

 店先に並ぶ商品には、そうした様々な費用や利益それと損を含めて『商品価格』というものを決めることになる。


「銅貨10枚を稼ぐのに一体どれくらいの経費がかかるのか?」それを一般的に『営業係数』と呼び、経営の一つの指針にもなる。


 尤もそれも周りにある競合店との価格差も考慮しなければならず、自ずと相場というものが自然と決められる。これはいわゆる『神の手』とも呼ばれる目には見えない市場原理であり需要と供給とのバランスにより決められ、それには最低限この価格で売らなければ店を維持していけないという価格帯を示す損益分岐点も考慮しなければならなくなる。


 一つの店を維持していくということはその店の大きい小さいなどの規模に関わらず、それらすべての経費を盛り込み儲けまで考慮して値付けをしなければならない。何故なら相場を無視して利益重視のボッタクリのような値段にしてしまえば、それ以降客は寄り付かなくなり終いには店が成り立たなくなってしまうからである。


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