「そうかいそうかい。アンタもついに……見かけのとおり、そっちのお兄さんも案外やるもんだね」
「ぅぅっ」
「うにゃ?」
マダムは何かを納得するかのようにリサとデュランを見てから頷いていた。
どうやら彼女は一瞬でデュランとリサとの関係に気づいてしまったのかもしれない。デュランは何も言えず、またリサは「何のこと?」小首を傾げている。
「まぁ積もり話はこれくらいにして……みんな、さっさとお昼を食べちまうよ。午後からも仕事があるんだからねっ!」
「言わんでもわかっとるわい」
「そうだよ、あんまり長いこと店を開けておけないからね」
そうして市場の店主達は、次々と提供されていくスープと黒パンで昼食を取っていった。
本当に昼食を取る時間が無かったのか、瞬く間に食べ終わるとみんな代金を支払って急ぐように店を後にしていく。
そして最後に店を出ようとしたマダムがデュラン達にこう声をかけた。
「明日も同じ時間にちゃんと来てあげるからね。しっかりとおしよ!」
「「「「ありがとうございましたーっ!!」」」」
彼女はデュランの背中を叩き、そう言って立ち去ろうとする。
デュラン達も感謝の気持ちを彼女に示すため、頭を下げて見送る。
だが帰ろうとしてデュランの前を通り過ぎたマダムが傍にいるリサ達に気づかれぬよう、デュランへ小声で声をかけてくる。
「(アンタ、まさか例の約束忘れていないだろうね? 今日も昨日と同じ時間にちゃ~んと、ウチの店に来るんだよ。いいね、わかったかい?)」
「(す、すまない。決して忘れていたわけではないのだが……分かった必ず行くから)」
デュランに聞き取れるほどの音量でそう伝えると、彼女は急ぎ足で店を去っていく。
あとに残されたのは何が何やら訳も解からぬうちに、彼らに料理を提供したデュラン達とテーブル上にある空になった木の器と黒パンが乗せられていた白い皿が十数人分だけだった。
その他の客の来店は一切なく、まさに彼女達が店に来てくれなければ誰一人として客は訪れることはなかった。
「と、とりあえず、これを片付けながらメシの準備でもするか。リサ、俺達の昼食の準備を頼むな。俺とアルフで器とか皿を片付けるからさ」
「そうだね。分担して動いたほうがいいかもしれないね」
もうとっくにお昼時も過ぎてしまっていたため、デュラン達もお腹が空いているのは確かだったが、初めての客達を受け入れ何故だか心は満たされていた。
それからデュラン達は客達が使った食器類を片付け洗い終わると、遅めの昼食を取ることにした。
そして改めてマダムが言っていた黒パンの意味を知る事となる。
手にした黒パンはとても温かく、デュランはオーブンで温め直したと言っていたリサの言葉が甦る。
だがそこでデュランは不思議に思うことがあったので食事をしながら、そのことについてリサへと聞いてみることにした。
「リサ、この黒パンのことなんだけど……」
「あ~っ、俺も疑問に思ってたぜ。温かいのは分かるけど、何でこんなに柔らかくなっているんだ? 変だよなぁ?」
「ふふっ。スープに浸さずにパンが食べられるのは何とも不思議なものですね」
アルフやネリネも同じことを思っていたのか、食べながらに疑問を口にしていた。
本来黒パンとはとても硬く歯ごたえ十分なものである。
例え今日パン屋から仕入れた焼き立てと言えども、数時間も経てば次第に硬くなり、手で千切りスープに浸しながら食べるのが一般的であった。
だが今デュラン達が食べている黒パンは簡単に手で裂くことができ、そのまま口にしても食べることができるほど柔らかいものである。
それはまるで貴族や王族しか口にできない白パンのようなのだが、見た目も味も黒パンという不思議さがそこにはあった。
マダムではないが、一体どんな魔法を使えば白パンにも劣らない味となるのだろうか?
「黒パンが温かいのはオーブンで温めたからだろ? それは理屈として理解できるが、でも通常なら更に焼いたら表面が黒コゲになったり、乾燥してしまってこのパンはより固くなるよな?」
「そうだね。もちろんただオーブンで温めればお兄さんが言ったとおりになる。でもでも、ボクの場合はオーブンに入れる薪の量を減らして温度を低く保ち、あと水分が失われないようにって水を与えてあげたんだよ」
「水を与える? 直接パンにか? でもそれじゃあ、パンが水でふやけてしまわないのか?」
確かに理屈の上ではリサの言うとおり、乾燥して硬くなるならば水分を与えればいいだけのこと。
しかしそれはパンを焼く前段階の工程……つまり調理前という前提条件がある場合のみだ。既に焼かれたパンに水を与えれば変に湿ってしまい、食感もヘッタクレも無くなり味も美味しいわけがない。
「ああ、ちょっと説明不足だったかな。ほら、コレを使ったんだよ」
「これは……金属のコップか? これに水を入れたってことなのかよ?」
「うん。オーブンの熱で水分が失われるなら、代わりに水分を足してあげれば良いだけだからね。それにオーブンの熱で水蒸気となって蒸されるから、黒パンと言えども柔らかくなるってことなんだよ」
そう言ってリサはデュランに鉄で作られた金属カップを手渡した。
どうやらコレに水を入れ、パンと一緒に温めるとまるで白パンのように柔らかくもモッチリとし、更には黒パン本来の旨味を保つことができるらしい。
「それにこの工夫はパンを焼いてから数日経ってからも、まるで焼きたてのような柔らかさと美味しさになるんだ。まぁ温める手間とオーブンのように密閉された調理器具、そして乾燥する分に対する水分補給などの工夫は必需だけどね」
リサは何食わぬ顔でそう言ってのけた。
それは考えてみれば当たり前のことであり、聞いてしまえば何のことは無い簡単な工夫である。
だがそれでも普段から焼いてから数日経った、硬い黒パンしか口に出来ない庶民達にとって冷たいパンをオーブンで温めるという発想はあっても、失われている水分を補わせるという一工夫までは誰も思いつかない。
いや貴族であるデュランですら、そんなことを思いつくことができたかは疑問である。