「マダム、ここがアンタが言っていた例の店なのかい? なんだかあまり流行っていないようだが?」
「ああ、そうだよ。もしかしてあたいを疑っているのかい?」
「いや、そうではないが……」
「なら、アンタらは黙ってあたいに付いて来りゃいいんだよ。え~っと、ああ居た居た。お兄さん、少しだけど客を連れて来てあげたからね!」
突如として店のドアを叩いたのは、見るからに年配の女性や男性ばかりだった。
そしてその先頭に立ち、彼らを引き連れている中年の女性にデュランは見覚えがあった。
「貴女は……市場の果物屋の店主?」
「なんだいなんだい、もしかしてあたいのこと忘れちまったとでも言うつもりなのかい?」
「いや、忘れてなどいないが、一体どうして貴女がここに?」
「どうしてって、アンタねぇ~……あたいが遊びにでも来たと思っているのかい? さっきも言ったけど、客としてこのレストランを訪れたに決まってるだろ! さぁさぁ、あたい達は食べてからも仕事があるんだよ、早くお出しよ」
「あ、ああ……わ、分かった!」
どうやら彼女はデュランに言っていた通り来店する約束を守っただけではなく、市場で働くほかの店主達も客として、この店へと連れて来てくれたみたいだ。
そして時間が無いのか、デュランに急いで料理を振る舞うよう発破をかけ急がせた。
「なぁ、デュラン。これってば、一体何がどうなっているんだ?」
「詳しい説明は後だ、アルフ。今はせっかく来てくれた客をこなすのが先決だ。俺はリサ達に準備してくれるよう言ってくるから、席への案内と水を頼む」
「わ、わかった任せとけっ!」
アルフの戸惑いも尤もだったが、デュランは彼女達市場で働く店主が急ぎ昼食を取りたいと、その経緯は説明せずに料理を早く提供できるよう急ぎ厨房へと向かった。
「リサ、ネリネっ! 客だっ! それもいっぺんに十数人の団体だぞ。どうも急いでいるみたいだから、こっちもなるべく早くしてくれっ!!」
「わわわ、そんなにたくさん来ちゃったの!? じゃあ、コレを先に持って行っていいよ!」
リサも慌てた様子で自分達が食べるはずだったスープとパンを先に提供するようにと、デュランに手渡してきた。
「ネリネはスープをお願い。既に温めてあるから後は器に盛り付けるだけだから大丈夫だよね? ボクはその間にオーブンでパンを温めるから、あと皿もお願いね!」
「わ、分かりました」
リサはスープを木の器に盛りつけるようネリネに指示を出してから、自分は黒パンを温めるため、オーブン釜にパンを大量に突っ込んでいた。
「このコップに水をセットして、後はオーブン脇に入れるだけっと……」
「リサ、パンをオーブンに入れる意味って……」
「お兄さん説明はあとで。それよりもスープとパンが冷めちゃうでしょ。見惚れていないで早くそれを持って行ってよ!」
「そ、そうだったな。すまん」
デュランは黒パンをオーブンに入れる意味を質問したかったのだったが、リサに早く客達に提供するように言われてしまい、両手にスープとパンの皿を持ったまま早々に厨房を退散する。
「お、お待ちどうさまでした」
「なんだい、案外料理が来るのが早かったね。んん? な~るほど、スープと一緒に黒パンも提供するわけかい。こりゃ考えたね!」
デュランはまず彼らのリーダー
こういった場合、まず始めにその店に行くと決めた人物を最も重要であると位置づけ、料理を先に提供することが大切になってくる。
十数人もの癖のある店主達をまとめ上げ、尚且つ昼食を取るレストランを決めることができるのは、それだけの人望がある、もしくはその集団のリーダーであると結論付けられるからだ。逆を言ってしまえば、その人の機嫌を損なえば一度目は義理で来店してくれても、正直二度目は無いことを意味してもいる。
「おっ……なんだいなんだい、この黒パンまだ温かいじゃないかい。もしかして店で直接焼いているのかい? それにこんなにも柔らかくて、まるで高級な白パンのようじゃないか。一体どんな魔法を使って焼き上げたんだか不思議だねぇ~」
「それは……」
マダムは徐に黒パンを手で千切ると感心するようにそんな感想を述べた。
デュランはまだその黒パンを一口すらも口にはしていなかったので、どう答えてよいのやらと迷ってしまう。
「ふふっ。そんなの簡単だよ。オーブンで再度温め直した、ただそれだけだもん」
「んんっ!? こりゃ珍しいのがいたもんだ。アンタ、リサだろ? なんでここに?」
「にゃはははっ。コンニチハ、マダム。ちょ~っとした理由で、このレストランで働くことになったんだよ」
リサは両手と両腕に黒パンが乗せられた皿を二枚ずつ持ち運び、その後ろにはネリネが両手に一つずつ木の器に盛られたスープを運んでいるのが目に入った。
そしてどうやらマダムとリサは顔見知りなのか、とても親しそうに挨拶を交わしている。
野外市場に出入りしているリサのことだから、彼女達に顔が知れ渡っていっても何ら不思議なことではなかった。