「じゃあな、アルフにネリネ。明日から本当によろしく頼むぞっ!」
「おうよっ! 任せとけって!」
「それではまた明日、です」
「二人ともバイバーイ♪」
それから日が暮れる前にアルフとネリネは自分の家へと戻ることになった。
本来ならば二階を掃除して片付けたおかげで5つほど空き部屋になっており、デュランとしては出来れば二人には住み込みで働いてもらうのが一番良かった。
けれども二人には家で待つ家族がいるため、住み込みはせずに通いながら仕事をするとのこと。
「……行っちまったな」
「うん」
デュランもリサもここ以外に身を寄せる所もなく、一つ屋根の下で暮らすことになった。
もちろん部屋が空いているので別々であるが、それでも若い男女であるため互いのことを意識せずにはいられない。
「ゆ、湯でも沸かすか?」
「お湯を? なんで?」
「ほら、明日からはレストランの仕事だろ? 接客業だしそれなりに身なりも整えないと客も良くは思わないだろ?」
「ああ、なるほどね。うん、ボクも体を綺麗にしたかったから、ちょうど良かったかもしれないね♪」
リサが湯を沸かす大鍋を用意し、デュランは裏にある井戸から水を汲むことにした。
「ここは俺に任せとけ。沸いたら、脱衣所に持っていくから」
「そう? じゃあお願いね」
デュランは鍋にバケツで汲んで来た水を何度も注ぎ入れ、お湯が沸くのをただひたすら待った。
一般的に湯を沸かす場合には高火力と熱が長持ちするような石炭を粘土状に加工したコークスという物を用いるのだが、どうやらこの店の燃料に用いられているのは、そのコークスではなく木を伐って作られた
たぶんコークスを買うコスト面と共に、調理する人と料理への配慮でそうしているのかもしれない。
石炭は銅や錫などの鉱物と同じく鉱山から産出するもので黒いダイヤとも呼ばれ、一般家庭は元より製鉄所などの鉄鋼業はもちろんのこと、蒸気機関車や蒸気ポンプを動かすための固形燃料である。
木を炭化させ燃料とした木炭などとは違い、火力が強くまた長く燃え続けることができるのだが、一旦火をつけたら燃え尽きるまで消えないなどの特色もあった。
そしてまた産出する土地が極めて少ないため、価格も木炭などとは比べ物にならないほど高い。
また石炭には
それに上手く酸素を取り入れながら燃焼させないと不完全燃焼を起して煙が黒く出たり、その煙に含まれる一酸化炭素により一酸化中毒になって最悪の場合死に至ることもある。
「……っと。こんなところかな」
グツ、グツ……と、波を立ててながら揺らぎ、ようやく湯が沸いた。
デュランはそれを木で作られたバケツの中へと入れ、希釈できるようにとあらかじめ汲んでいた水が入っているバケツと一緒に、リサが待つ脱衣所へ持って行くことにした。
「んっ! これはなかなかに重いぞ」
デュランは両手に水とお湯がタプタプに入れられたバケツをぶら下げながら、零さぬようにと慎重に歩いていく。
この時代またこの世界において、一般家庭にはバスタブに湯を張る風呂という概念はあまり浸透されてはいなかった。
では一体どうやって入浴するのか?
貴族や王族などが入浴するという場合にはサウナを主とした公衆浴場と呼ばれるへと出向き、庶民達は水や沸かした湯で体を拭いたりするくらいしかしておらず、酷い者になると直接川の中に入って、そこで体を洗うくらいなものである。
だが近代社会になってようやく近隣の国であるフランスにて、鉄や銅を加工して作られた
「どうせならリサのために簡易シャワーでも作れればいいんだがな。今は道具もないし、それに作ってる余裕もないから今日の所は湯浴みだけで我慢してもらうとするか」
シャワーは単純な仕組みであったため、デュランでも作れなくはない。むしろ誰でも原理さえ理解すれば作れるものである。
だがしかし、それは今この場で思いつきでしかなく時間的余裕が許さず、またタンクにする木材か金属もなく諦めることにした。
「リサぁ~、湯と水を持って来てや……」
「お……兄さ……ん?」
「……ったぞ」
デュランはノックをするのを忘れ、そのまま脱衣所のドアを開け放ってしまった。
すると中ではリサが上着とスカートを脱いだままの格好、つまり下着だけのあられもない姿のまま前屈みとなって、こちらを見ながら固まっている。
「…………」
「…………」
そしてまるで時が止まったかのように互いに目と目を合わせ、何も喋ろうとはしなかった。