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第62話 フレンチな間接キス

「それちょうだいっ!」

「あっ」

「いいかいネリネ。リンゴってのはね……こう、食べるんだよっ!」


 リサは耐え切れなくなってしまったのか、ネリネが持っていた食べかけのリンゴを強引に奪うとそのまま豪快に齧り付いた。


「もぐもぐ……こうすればリンゴの汁が垂れることなんてないからね。いい? わかった?」

「は、はぁ」


 リサは自分の真似をして食べるようにと、少し言い訳がましくもネリネに言っていたのだったが彼女は突然のことにやや呆れ返った表情をしてしまっている。

 けれども何か懸念があるのか、ネリネは何かを言いたそうにリサへ声をかけた。


「ですがそのぉ~っ……」

「なぁ~に、まだ何かあるっていうの? もぐもぐ」


 恐ず恐ずと小さく右手を挙げ、何かを言いたそうにしているネリネに対してリサは我関せずと言った風に食べ続けるのを止めはしなかった。 


「い、いえ……私の食べかけだったのですが……それにお汁がこんなにもたくさん手に付いて……」

「うにゃ?」

「ふむ。平たく言うならば、それは間接キスというやつだな」

「ぶっふぅーっ。ごほっごほっ。お、お兄さんいきなり変なこと言わないでよ」


 リサはデュランのその一言で噎せ返ってしまい、咳き込んでしまう。


「うん? 何か変だったか? だが現にリサ、お前は今ネリネの食べかけを豪快なまでに食べているのだぞ。これが間接キスと言わずして他になんと言うのだ?」

「ぅぅっ。た、確かにそうかもしれないけどさ。そうなんだけどぉ~っ」

「ははっ……ま、まぁ私は気にいたしませんから」


 リサはバツが悪いのか、チラリっとネリネの方を盗み見てしまうと彼女もまた何とも言えない乾いた笑みを浮かべていた。


「ぼ、ボクだって同姓であるネリネとの間接キスなら全然気にしないけ……」

「そうか? なら、俺も食べるぞ」

「えっ!? あ~~~~っ!!」

「がぶっ。う~ん、確かに果汁が多くて美味いなこりゃ」


 リサがまだ言ってる途中にも関わらず、デュランは彼女が持っていたこれまた食べかけの既に半分ほどになっていたリンゴを強引に奪い取りそのまま齧った。


「ななななな、なにしちゃってるのさ、お兄さんっ!? ボクの食べかけを食べるなんってさぁ~っ!? かかかかか、間接キスだよ、それはっ!?」

「うん? 別にネリネもリサも間接キスだろうと気にはしないのであろう? 何を今更そんな大声を上げて驚いているのだ? 可笑しなヤツなんだなリサは、っと。あ~ん、う~ん意外と美味いリンゴだったな。これは当たりの店だ」

「デュラン様が私が食べたリンゴをお食べに……はぅ~~っ(照)」


 リサは慌てながらにデュランへと間接キスだと猛抗議するのだったが、デュランはなんで彼女が慌てふためいているのか理解せずにそのまま最後まで食べ切ってしまった。

 ネリネもネリネでその光景をただ黙って見つめ、むしろ上気した頬のまま彼が食べる行為に目を奪われ何やら呟いていた。


「それはそうとアルフのヤツはどうしたんだ? いつもなら騒ぎに割ってでも入ってくるはずなのに……って、アルフ?」

「…………」


 デュランは何故か一言たりとも話に交じって来ないアルフのことが心配になり声をかけたのだが、彼はデュラン達をただ呆然と見つめているだけだった。


「おい、アルフってばっ。おいっ!!」

「おわっ!? な、なんだよデュランか? 脅かすなよ~」

「脅かすなってお前、俺が声かけたのにボーッとしながら固まってたんだぞ」

「わりぃわりぃ。なんてか、既視感というかそんなものを見ちまってな。そ、そうだぜデュランっ! もしそのリンゴ余ってるなら、妹や弟達に持っていってもいいか?」

「あ、ああっ。それはもちろん別に構わないが……ほら、好きなだけ持って行っていいぞ」

「さんきゅさんきゅ。いやーっ、これで家で待ってる弟や妹にも土産が出来たから、アイツらも喜ぶぞー♪」


 どこかアルフの様子が可笑しいとは思いながらも、デュランは左手に持っていた手付かずのリンゴが入った紙袋をそのままアルフへと手渡した。

 アルフは家で帰りを待つ妹や弟の喜ぶ顔が今から目に浮かぶのか、紙袋を抱えながらとても喜んでいた。


「そういえばアルフって、妹や弟がいたんだったね」

「おうよっ。ウチの家は妹四人の弟三人の大家族でな。それに親父も病気で早くに亡くしちまってるし母親も病気でな、今はこの俺が一家の大黒柱ってやつなんだよ」

「そうなのですか? アルフさんもご苦労をされているのですね」


 リサが思い出したようにアルフへ家族の話を振ると、彼は照れながらに自分の家族について話し始めた。

 ネリネもまた自分と母親だけの家なのでどこか共感するところがある様子。


「そうだネリネ。お前の母親にも手土産としてリンゴをいくつか持って行け」

「えっ? で、ですがそのようなこと……」


 そう言ってデュランは目減りした紙袋から自分とリサの分、リンゴ2個取り出すと残りは袋ごとネリネの胸に押し付けた。


「心持ちリンゴの数も少なくなってしまったが、母親と二人分くらいならそれでも十分足りるだろ? それにあんまり多いと持ち帰るのも重くて大変だしな」

「ええ、もちろん母と私の二人なら、これだけでも十分ですけど……こんなにもたくさんのリンゴを戴いても、よろしいのでしょうか?」


 ネリネは袋を開け確かめると、中にはまだ4個ほどリンゴが入れられていた。

 女性二人で一日分なら、これでも十分すぎるほどの量である。


「いいからいいから。それにリンゴは肺の病気に効くって話だからな。それとな、リンゴと一緒にコレもネリネの母親に渡してくれ」


 そう言いながら、デュランはポケットに仕舞い込んでいた薬が入った小さな紙袋を取り出すと、折りたたまれている部分を指で摘まみながら、彼女の方へと差し出す。


「あの……こ、これは?」

「袋の中には、肺に利く薬が20日分ほど入っている」

「えぇっ!? こ、このようなもの一体どうされたのですか? ま、まさか私の話を聞いてデュラン様がお買いになられたのですか?」


 ネリネはとても驚き、信じられないと言った顔をしていた。

 だがデュランはそっぽを向いて頬を指で掻きながら、こう口にする。


「ま、必要経費みたいなものだしな。それがあればネリネも安心してウチで働けるってものだろ?」

「で、ですが、このように高価な物をおいそれと、戴くわけには……」

「いや、受け取ってくれ。俺はこう見えても元貴族だからな。お前のような庶民とは違い、多少の金くらいならば、どうにかできるものなんだ」


 それは今のデュランができる、男としての小さな見栄だった。


 特別ネリネに対して格好をつけたいわけではなくて、母親が病で伏せっているのに薬が買えないと困っている彼女の心労を労わってしたこと。それは同じ肺の病で父親を亡くした、デュランだからこその配慮でもある。少しでもそれでネリネの母親の病が良くなれば、また亡き父親にできなかった孝行も兼ねていたのかもしれない。


「ですが、まだ働いてもいないのに受け取るわけには……」

「そうか……ならば、ウチで働くための支度金として、給料の前払い分として受け取るがいい。その代わり、たくさん働いてもらうことになるから覚悟しておけ」

「は、い。い、一生懸命働きます!」


 デュランは一応の理由として、給料の前払いという名目で薬を彼女に受け取らせた。


(若干苦しい言い訳だったが、こうでも言わなければネリネは薬を受け取ってくれないだろうしな)


「……お兄さんって、案外優しいんだね」

「おう! デュランは優しさだけは有名だからなっ!」

「なんでアルフが俺の代わりに答えてるんだよ……それに『だけ』ってなんだよ、『だけ』ってのは? それじゃあまるで俺が優しさだけの甲斐性なしみたいにネリネが思っちまうだろ!?」

「ふふっ」

「あ~っ、ネリネがお兄さんのこと見て笑ってるっ!!」

「なんだと!? ネリネ、お前まで俺のことを笑うのか?」

「あっすみません。で、ですが……ふふっ、つい笑ってしまって……」


 そんなデュランの心内を見透かすようリサが呟くと、何故か隣に居たアルフがその代わりとばかりに返答する。デュランは訂正を求めるよう彼に憤るが、そんな彼らのやり取りを目の当たりにしているネリネは口元に手を当てながら笑みを浮かべるのだった。


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