「ところでネリネは花売りだけで生計を立てていたのか? それと家族はいるのか? あっ、言いにくいなら別に言わなくても大丈夫だからな」
デュランはレストランへと戻る道中、世間話がてらネリネへとそう話を振ってみたが、さすがに少しシビアな問題であると言ってから気づき、デュランは少し慌てた様子で言い繕う。
「いえ、そのようにお気遣いになられなくても大丈夫です。それにデュラン様達のところで働くならば、いずれ話そうとは思っていましたし」
そうして歩きながら、ネリネはポツリポツリと、自分のことを話し始めた。
ネリネの家族は母親一人しかおらず、生まれてこの方父親の顔というものを知らないらしい。
それもネリネの母親は元娼婦であったため、父親が誰なのか突き止めることができず、結局は女手一つでネリネのことを育ててくれたとのこと。
だがそれもネリネが大きくなるにつれ母親は病に倒れてしまったため、ここ何年かは彼女一人が道端で花を売ることで生計を立て病気の母親を看病する毎日を過ごしていたらしい。
そして母親には薬が必要なのだが、その薬というのが今年になって値上がりしてしまったため、あまり買い与えることが出来ず彼女はそんな母親の薬を買うため、やや強引ながらも道行く人へで花を売りつけていたのだと言う。
「そっか。じゃあネリネはママに薬を買うため、そして生活するために花を売っていたんだね」
「ええ、そうです。母には私一人しかいませんから……」
リサはまるで自分のことのように心を痛めていた。
彼女もまた家族を失っているため、他人事とは思えなかったのだろう。
「ちなみになんだが、母親は何の病気なんだ?」
「えっ? あっ、お医者様がおっしゃるには肺が悪いそうです」
「肺の病気なのか……」
デュランの父親もまた肺を患い、不治の病のまま亡くなっていた。それも彼は死に目にすら会えず惨めに死んだ父親のことを後悔していたのだ。
だからこそリサ以上に他人事とは思えず、こんなことを口にしてしまったのだろう。
「その薬って、どのくらい高いものなんだ? 差し支えなければ、教えてくれないか?」
「お薬の値段ですか? え~っと、1回分なのですが、そのぉ~……銀貨1枚ほどです」
「銀貨1枚もするものなのか。もしなのだが、よかったら俺がそれを提供……」
「ぎ、銀貨1枚ぃ~~~っ!? 何それ、肺の薬ってそんなに高いものなのっ!? そんなの庶民に買えるわけないじゃないのっ!!」
デュランが質問したはずだったのだが、ネリネの銀貨1枚という返答に横からリサが叫んでしまいデュランの言葉を遮ってしまった。
薬1回分で銀貨1枚……もっとも、その価値は彼女が大声を上げて驚いてしまうのも無理ないことだ。
銀貨1枚は銅貨100枚分に相当する価値であり、庶民達が暮らす
しかもそれがたったの1回分の薬量なのだから、リサが大声を上げてしまうのも仕方ないことだった。デュランでさえ、その薬の値段には驚きを隠せていないのだから……。
「い、以前はもっと安かったのですが、なんでもある商会が街中にある薬を店ごと買い取ってしまい、薬全体の価格が値上がりしてしまったんです」
「その商会って、まさか……」
デュランはその薬屋を店ごと買い取ったという商会に思い当たる節があり、心の中でどこかで「その名前が出ては欲しくない……」と願わずにはいられなかった。
だがそんなデュランの思いを裏切るかのように、ネリネが口にしたその商会の名前は彼が思い描いていた店の名前であった。
「ええ、オッペンハイム商会というところなのですが……」
「やはり……あそこなのか」
そうオッペンハイム商会とは、先程無情にもネリネのことを突き飛ばしデュランに拳銃を突きつけていた、ルイス・オッペンハイムが当主を務める店の名前だったのだ。
単なる石買い屋が街中にある薬屋まで手中に収めてしまう……そんな馬鹿なことがあるのだろうか?
いや、それでも強大な資金と権力を持つオッペンハイム商会ならば可能ではある。
(だがアイツの意図が見えない。単に金儲けのためならば薬を買い占めるか、その元を買い取れば済むことじゃないか。なのに何故、店ごと買い取るような無駄なことをするんだ? そこには何かしらの理由が絶対にあるはずだ。いや、待てよ。リサがさっき言っていた……ああっ、そういうことなのか!)
デュランは思考を巡らせ、ネリネやリサが言った言葉を振り返りながらもようやく一つの回答に辿り着くことができた。
その答えとは……
「あのデュラン様、どうされたのですか?」
「お兄さん、どうしたの? さっきから黙っちゃって……」
いきなり何かを考えるように黙ってしまったデュランのことを心配するようにネリネとリサは声をかけると、彼は顔を上げて二人の顔を見ながらこう口にした。
「オッペンハイム商会の狙いが分かったぞ。ヤツの狙いは街中にある薬屋を買い取ることで、鉱山で働く日雇い労働者そのものを