「名前? あ~っ、そういえばネリネの名前は聞いたけど、俺達の自己紹介はまだだったな。俺の名前はデュラン。デュラン・シュヴァルツだ。で、こっちがリサ・ラインハルト」
「よろしくね、ネリネ♪」
「デュラン様とリサさん……ですね。先程は危ないところを助けていただき、本当にありがとうございます」
ネリネは改めて礼の言葉を述べると、優雅にも両端のスカート部分をチョコンと指先だけで摘みながら、ゆっくりと頭を下げた。
それがとても様になっており、気品溢れるお辞儀だった。デュランもリサもまた、そのあまりの綺麗さと優雅さに思わず目を奪われてしまう。
「あ、あのぉ~、お二人ともどうかされたのですか? 私の顔に何か付いていますでしょうか?」
「……あっ? ああ、いやいや……何でもない。別に顔が汚れているとかじゃない」
「うん。ネリネの行動があまりにも綺麗だったから、ボクもお兄さんも目を奪われてただけだよ」
「あら、そうなのですか? ふふっ」
デュランは敢えて言葉を濁したにも関わらず、それとは対照的にリサは率直な言葉でネリネにそう告げたのだった。
それを聞いたネリネはどこか嬉しそうに微笑む。
「おい、リサ!」
「でもでも、本当のことでしょ?」
「うっ……それはそうなんだけどな」
「ふふっ。お二人は仲がよろしいのですね」
デュランがそれ以上喋られないようにとリサの脇腹を軽く肘で突いたのだったが、止めるどころか逆にデュランの態度をはっきりさせようと再確認されてしまい、彼は降参とばかりに頷く他なかった。
そんな二人のやり取りを目の当たりにしていたネリネは、先程よりも更に優しく微笑んでいた。
「そういえばネリネは……あっ、今更だけど君のことを『ネリネ』って呼び捨てでも構わないか? もしダメならちゃんとするが……」
「はい、もちろんですわ。こうして助けていただき、せっかくのご縁ですもの。どうぞ遠慮なさらずに、私のことはネリネと呼び捨てになられてくださいませ♪」
デュランは恥ずかしさを誤魔化すため話題を変えようと思ったのだが、そこで彼女のことを勝手に呼び捨てで呼んでいることに気づき、そう確認した。
ネリネは不快そうな顔をするどころか、まるで友達が出来たと言わんばかりに頬を綻ばせ嬉しそうに喜んでいた。
「それじゃあボクもお兄さんと同じく、これからはネリネのことをネリネって呼ぶようにするね♪ ボクのことも気軽にリサって呼んでいいよ」
「はい♪ わかりました、リサさん……ですね」
リサとネリネも打ち解けたかのように互いの名前を呼び合い、嬉しそうにしていた。
「ご、ごほんっ。それでネリネ、君は花売りらしいのだが……」
「そ、そういえば、私の……私の薔薇が……」
「薔薇?」
デュランは話を元に戻すため、わざとらしく咳払いを一度したのだったがそこでようやくネリネも我に返ったのか、自分の大切な商品である薔薇の存在を思い出すと、今は見るも無残な姿に変わり果ててしまった薔薇だった物が散らかる道路を見つめてしまう。
「ごめんなさいね……私が不甲斐無いばかりにアナタ達が犠牲になってしまって……ぅぅっ」
ネリネはまるで大切な宝物を扱うかのように地面へと膝を突き、車輪に轢かれバラバラに切断され泥で汚れている赤い薔薇だった蕾を大切そうに両手で包み込み、そっと自らの胸元へ寄せ謝罪していた。
「ネリネ……」
そんな彼女の悲しそうな顔と、薔薇に対して謝罪の言葉を投げかける姿を目の当たりにしていたデュランとリサも、まるで自分のことのように心を痛めてしまう。
「きっとさ……」
「……えっ?」
涙を流すネリネの手を取りながら、デュランは優しくも手を重ね合わせ、こんな言葉を紡いでいく。
「きっと、この薔薇はネリネのことを守ったんだと思うぞ。自分が犠牲となることで持ち主であるネリネを守り、そして……散っていった。だからネリネがいつまでも悲しそうにしていたら、身代わりになったこの薔薇達だって悲しむんじゃないのか?」
「ほんとうに、そう……なの……でしょうか?」
デュランのその言葉にネリネはまるで救いを求めるかのように、風が吹いたら消え去りそうな小声でそう呟いた。
「ああ、もちろんそうさ! そうに決まってるっ!! それに……この薔薇は持ち主に幸せをもたらしてくれる『幸福の薔薇』って
「そう……そうですよね。この子達もきっと悲しみますよね」
そう言いながらデュランが重ねている手を退けると、ネリネは両手を開き大事そうに包み込んでいた薔薇へと目を向け、こんな言葉をかける。
「ありがとうね……みんな、ありがとう……っ」
ネリネは感極まって再び泣き出しながら、薔薇達に感謝の言葉を呟いていた。
「ネリネ……今言ったばかりだろ」
「ええ、ええ。ですが、それでも涙が自然に溢れてしまって……」
ネリネは今も流れ落ちる涙を必死に指で拭うのだったが、地面を濡らすのを防ぐことはできなかった。
「まったく……」
「えっ?」
何を思ったのか、デュランは地面に座り込む彼女の頬に優しく手を添え包み込んだ。
「ネリネ幸せってのは、君が笑顔になることだと俺は思うぞ。だから今は悲しくとも笑わないとな」
「……は、い」
デュランはそう優しく語りかけながら、今も彼女の頬を流れる涙を親指の腹で掬っていった。