「お兄さんっ!」
ルイスが去った後をデュランが眺めていると、慌てた様子でリサが彼の元に駆け寄って来る。
「お兄さん……手……震えてるけど、大丈夫なの?」
「……んっ? ああ、リサか。ははっ格好悪くて笑っちまうよな? 今頃になって体が震えていやがる」
リサがそっとデュランの手を取ると、その手は小刻みに震えていたのだ。
彼も本当は銃を突きつけられ、自分が死ぬかもしれない……と、心の中では恐怖に怯えていたのだった。
しかしそんな素振りなど億尾にも見せず、どうにかルイスと対峙して言葉巧みにハッタリを利かせて追い払うことに成功したのだった。
けれども一歩間違えていれば、彼は物言わぬ冷たい
「全然そんなことないよ。さっきのお兄さん、とっても格好良かったよ」
「……そ、そうか?」
「うん♪」
リサは潤んだ目でデュランのことを見つめながら、そう自信満々に頷いてみせた。
彼女の笑顔に釣られてデュランも少しだけ口元を緩ませ笑みを浮かべた。
そこでふとデュランは先程の花売りの女の子のことを思い出し、周りを見回し彼女の姿を探すと未だ地面に座り込み、デュランのことを見つめていたのだった。
デュランは彼女に近づくと手を差し伸べながら、こんな言葉を口にした。
「捕らわれのお姫様。貴方に悪さをしていた者を追い払いました。さぁお早くお立ちになられてください」
「おひめ……さま? あっ……は、はい」
デュランが少し芝居がかった風にそうセリフを述べ右手を差し出すと、その花売りの女の子は惚けながらに『お姫様』と呼ばれたのが自分であると理解してから、差し出された彼の右手にそっと自分の右手を重ね合わせた。
「よっと。怪我はなかったか?」
「え、えぇ……はい。どこにも……怪我はありま……せ…ん」
デュランが右手に力を込め、彼女のことを引っ張り上げ立たせた。
名も知らぬ彼女はどこか夢心地のような表情と声、そして潤んだ瞳で目の前に立っているデュランから目を離すことが出来ずにいた。
「うん? どうした、俺の顔なんて見つめて……もしや顔に泥でも付着して汚れていたのか?」
「い、いえ……なんでもありませんわ(照)」
デュランはどうして彼女が自分のことを見つめているのかその理由が分からず、顔に泥でも付いていないかと空いている左手で触って確認していた。
未だ右手は繋がれたままで、彼女はまるで照れるように顔を赤くして俯き、その表情から理由を察することはできない。
「あぁ~あっ。お兄さんって、見た目のとおり罪作りな人なんだね」
「罪作りって……一体何の話だよ、そりゃ?」
「なぁ~んでもないよ。それとお兄さん、お姉さんいつまで手を握り合ってるつもりなのかな?」
少し拗ねたようにリサは口元を尖らせながら、未だに繋がれたままの二人の右手について指摘した。
それはまるで恋人が異性と親しくしている姿を見てしまい、それに嫉妬する姿にも見えてしまう。
「あっ悪かったな。その、右手……痛かったか?」
「い、いえ。大丈夫です。全然痛くはありませんでした」
「……」
「……」
そこで何故か二人は互いの目を見つめ合いながら、これ以上の言葉は無粋だと言った感じに口を閉ざしてしまった。
「ふっ」
「ふふっ」
そしてふとした瞬間に目と目だけで通じ合う仲睦まじい恋人のように、互いに笑みを浮かべてしまう。
「え、え~っと、それでお姉さん。名前はなんていうの?」
「ふぇ?」
「だ~か~ら~、お姉さんのな・ま・え」
「あっ……申し遅れました。私の名前はネリネと申します」
どこか慌てた様子でリサが二人の間に割って入ると、彼女に名前を聞いていた。
花売りの女の子は最初何を聞かれたのか分からずに、一瞬間を置いてからネリネと名を名乗った。
「ネリネか。まるで君の容姿をそのまま表したような、とても綺麗な名前だな」
「き、綺麗だなんて……そ、そんなことありませんわ(照)」
デュランが歯の浮くようなセリフを口にすると、ネリネも顔を赤くして両頬に手を当てながら照れてしまっている。
「でっ! ネリネはどうしてあの男に絡まれていたのさ!」
「どうしたんだリサ? いきなり大声を上げて、しかもそんな怒った口調になってネリネに聞いてるんだ?」
「べっ、つに~っ……なんでもないよ。ふんっ!」
「何でもないって、お前……」
リサはデュランとネリネの仲が面白くないのか、少し頬を膨らませ声もどこか怒りが込められた感じであった。
デュランは何をリサが怒っているのか理解できず、首を傾げることしかできなかった。
そしてネリネはリサに聞かれたことにこう答えた。
「実はあの方に『幸福の薔薇』を売ろうとお声をおかけしたのですが、それがどうも気に障られたのか、突然怒鳴られてしまい、それで……」
「……で、ルイスのヤツに突き飛ばされた。そういうことなんだな?」
「は、い」
ネリネは自分の非があると思い込んでいるのか、今にも泣き出してしまいそうな顔をしてしまう。
そんな彼女を慰め安心させるため、デュランはこんな言葉を口にする。
「話を聞く限りだとネリネは全然悪くはない。突き飛ばされているのだからむしろ被害者だし、そもそも女性に対して声を荒げるのはもちろん、あまつさえ暴力を振るうなんてのは論外中の論外だ。とてもじゃないがそんなヤツは紳士なんて呼べやしない」
「うんうん。ボクもお兄さんが言ったように、そう思うな!」
「そう……なのですか? お二人とも、とても優しいお方なのですね……あっ失礼ですが、もし差し支えなければ、お二人のお名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」
ネリネは未だデュラン達の名前を知らないことに気づくと、少し顔を節目おずおずとしながらも、遠慮気味にそう二人に問いかけた。