「ぐっ……な、何を見ているのだ貴様らっ! 私は見世物の類などではないのだぞっ!!」
「「「「…………」」」」
ルイスは突然の出来事に冷静さを失い、空いている左手で観衆を追い払おうとするが、誰もその場から一歩も動こうとはしなかった。
彼はまるで自分がサーカスの見世物にでもなったように感じてしまい、大声で叫んでしまうが誰も彼の言うことを聞こうとはしない。
むしろこれだけ多くの人々から物言わず好奇な目でジッと見つめられ、気味が悪いとさえルイスは感じてしまっている。
そして今度はそんな動揺をしているルイスに向けて、デュランが諭すようにこう語りかけた。
「ルイス、お前の負けだ」
「はぁ? でゅ、デュラン君……君は一体何を言っているんだい? 私の負けだと? だが、現に私はこうして君に銃を向け……」
「そう、今まさにお前は俺に銃を向けている……だが、それだけだ。……引けないんだろ?」
「えっ? な、何を引けないというんだね?」
デュランが最後に言った言葉が理解できずにルイスは間抜けにも素の反応を示してしまった。
「何ってお前……引き金だよ。ルイス、今お前がその指にかけている引き金をそのまま引けるのか? って聞いてるんだ。引けないよな? こんなにも多くの人々が見ているんだ。もし今ここでその引き金を引いてしまったら、お前は殺人罪に問われてそのまま死刑になっちまうぞ」
「あ……あ……ああ……っ」
そこでルイスはデュランが言っている意味に嫌でも気づいてしまった。
武器を持たない無力な男に対して自分は銃を突きつけているのだ。例え自分がこの国の有力者と言えども、国の法からは逃れられるわけがなかった。
そしてまたこれほど多くの人間達が目撃者なのだ。いくら金や権力があろうとも人の口に戸は立てられるわけがない。
ましてやそれも先程まで自分が見下し罵った、彼の支配が届かない
「だ、だがっ……わ、私はオッペンハイムだ! この国の法でさえ捻じ曲げられる権力を持つ者なりっ!! 人間の一人や二人、殺したからと言ってどうとでもなるっ!!」
「なら、早くその引き金を引いてみろよ。言い訳はいいから……さ」
「ぐぬぬっ」
ルイスは自分のやっていること、それの正当性を主張するかのように叫びながら自分自身を鼓舞するためそんな風に叫んだのだが、それはあまりにも身勝手この上ない言葉であり、誰も賛同する者はこの場にはいなかった。
そして自分が銃を突きつけ目の前にいる男、デュランの言葉にルイス自身もそして状況までをも呑まれつつあったのだ。
もしここでデュランの煽りに負けて引き金を引けば、殺人罪に問われ死刑は避けられない。
逆に引き金を引かなければ、無力な者に銃を突きつけ力で捻じ伏せようとしたのに、その者の言葉に負けた『腰抜け』や『負け犬』とも呼ばれることになるだろう。
ルイスは自分が有利になりたいがため拳銃を取り出したことが逆に仇となってしまい、自分自身を追い詰め首を絞める結果となってしまったのだ。
引き金を引くに引けず、引いたら自分の人生そのものが終わってしまう――そんな状況に追い込まれていたのだ。
これがもし相手も武器を持っていれば、デュランに襲われたと言い訳をすれば彼の正当性はいくらでも保たれたかもしれない。
そしてまた彼が以前デュランとケインに向けて言い放った貴族同士の決闘、互いに銃での撃ち合いともなれば、それはそれで自分の名と貴族としての名誉を守るためという大義名分の下、仮に相手を撃ち殺したとしても罪に問われることはなかったことだろう。
だが今この状況においては、そのどちらでもなかったのだ。
もしも冷静となれる一瞬の間でもあれば彼も何かしらの策を思いつくかもしれない。だが、デュランはその間すらも与えるわけがなかった。
「さぁルイス・オッペンハイム! どうするつもりなんだ? 引き金を引くのか引かないのか? 死罪かそれとも馬鹿にしていた下流階級達に負け犬と罵られるか? どっちを選ぶんだぁぁぁっ!!」
「ぐっ……は、放せ」
デュランはルイスの名を呼びながら、まるでこの場及びこの状況からから逃がさないと言ったように拳銃の銃身を両手で掴んでしまった。
そして暗闇が支配する筒先ではなく、それの持ち主であるルイスの目を冷酷なまでの目で睨みつけながら彼に決断を迫る。
「…………」
「ぅぅっ……くっ」
まるでその視線だけで人を殺めてしまう……そんなデュランの視線から逃れるようにルイスは彼から顔を背け、そして何かを諦めた表情をすると、自ら拳銃から手を放してしまう。
「「うおおおおおおおおおっ!!」」
「「きゃーーーーーーーーっ!!」」
その瞬間、それまで二人の動向をずっと無言のまま見守っていた、観衆からまるで英雄を迎えたような歓喜の大声が上げられる。
男達は興奮のあまり獣のような雄たけびを叫び上げ、女達はまるで運命的な観劇を見ているかのような高揚感から黄色い悲鳴をデュランへと浴びせていた。
「……ちっ。俗物共が……」
吐き捨てるようにそんなゼリフを残し、ルイスは早々にその場から逃げ出そうとする。
そんな彼の背に向かい、こんな言葉が投げかけられた。
「ほら、ルイス。お前の忘れ物だぞ、受け取れっ!」
「くっ!?」
そう呼び止められルイスが振り向くと同時にデュランは拳銃から弾を抜いて足元にばら撒いた。そしてその拳銃を彼へと放り投げたのだった。
それは男にとって何よりも屈辱的なことである。相手に武器を奪われただけでも恥なのに、慈悲の意味合いでそれを投げ返されてしまったのだ。プライドが高い人物ならば
またルイスはオッペンハイム商会という、国随一名の知れた商会の当主たる人物なのだ。当然のことながら、たった今デュランから受けた行為は誰よりも屈辱的だったに違いない。
「デュラン君……今日のことはしっかりと覚えておくからな」
そして今度こそルイスは振り返ることなく、また地面に落ちた弾も拾わずに沸き立つ観衆の中を掻き分け消えて行った。