「なんかすまないな。リサが無茶なお願いをしたみたいで」
「ははははっ。なぁ~に、リサにはたまに店を手伝ってもらったりしてたからな。それにコレもどうせそのまま捨てちまうんだ、遠慮せず持っていきな。ほらよっ!」
「んっ、とと。これはとても重いな」
デュランが申し訳なさそうに頭を下げると、店主は盛大に笑いながら野菜クズが入ったカゴごと手渡してくれた。
そのカゴの中にはズッシリと重く、その見た目さえ気にしなければ普通に食べられるものばかりが入れられている。
「おじさん。今日はそれとは別に、そこのヒヨコマメ一袋も貰えるかな?」
「んんっ!? ヒヨコマメを一袋ぉ~っ!? リサ坊、今日は彼氏連れだからって、それはちょ~っとばかし強欲ってもんだぞ。値の付く普通の商品まで持って行かれちまったら、俺の方が商売上がったりになって、生活できなくなっちまうよ」
リサはその他にも店主の脇に置かれていた豆が顔を覗かせている袋を指差していた。
けれども店主はリサが普通の商品まで無料で欲しいと勘違いしたのか、そう嘆きながらも明らかに渋った顔をしている。
「うにゃ? にゃははっ。違うよ~、そっちはちゃ~んと、お金を払うから商品として欲しい……そう言っただけだよ」
「なぁんだ、そういう意味だったのかよ。てっきり俺りゃ~……」
「それともそっちまで無料で貰ってもいいのかな? ボクはそのほうが嬉しいけどね♪」
「待て待て。誰が無料でやるだなんて言ったんだ! まったく油断も隙もあったものじゃないな」
「ふふっ」
リサと店主のやり取りはまるで長年苦楽を共にした友のように見えてしまい、デュランは思わず笑ってしまった。
「おいおい、そっちの彼氏も笑い事じゃねぇんだぞ」
「いや、これはすまないことをした。だがまるで二人が親子のように見えてしまって……くくっ」
「親子ぉ~っ!? こんな自由気ままで強欲なのが俺の娘だってのかい!?」
「そうだよ、お兄さん! ボクはこう見えても高貴な生まれなんだよ。えっへん」
デュランは丸めた右手を口元へ当てどうにか笑いを堪えようとするのだが、目の前で繰り広げられている親子喧嘩のような光景は続いていた。
「ふふっ。それでリサよ、高貴な生まれだと盗みまで高貴のような盗みを働くようになるものなのか?」
「盗みって……あ~っ!! リサ坊、てめえ何してんだよ!?」
「にゃははっ。バレちゃった。もうお兄さぁ~ん! お兄さんさえ言わなければ、タダで豆が手に入るところだったのにぃ~」
デュランはいつの間にか、豆が入れられた茶色の麻袋を手にかけているリサへそう声をかけた。
話に夢中になっていた店主は驚いてリサのことを怒鳴った。けれどもリサは始めから冗談だというよう、おどけながらにそんな軽口を叩く。
「それでこの豆は全部でいくらになるのだ?」
「この一袋で銅貨4枚だ」
「んっ……それなら、これで」
「あいよ! まいどあり兄さん!」
デュランは抱えていたカゴを地面へと降ろしてから、右のポケットに入れてあった銅貨を4枚取り出し店主へと手渡した。
ちなみにこの世界では最小の貨幣価値が銅貨1枚であり、それ以下の通貨は存在しない。
よってリンゴ1個がいくらなどではなく、銅貨1枚でリンゴ5個分などと、その貨幣によって物の量り売り販売が基本となるわけだ。
「じゃあお兄さん、次はあっちのお店に行こうよ」
「おいおいリサ。お前も運ぶのを少しは手伝ってはくれないのか?」
「うにゃ? 荷物? にゃははっ。ちっちっち~っ。お兄さんは買い物ってものが分かっていないんだね」
デュランは野菜が入ったカゴを抱えるだけで精一杯だった。
けれどもリサは舌を鳴らしながら、右の人差し指を振ってそう言った。
「兄さん兄さん。そりゃ俺達店側が客達の家までサービスとして運んでやるんだよ」
「なに? そうなのか?」
「そりゃそうだろ。こんな重い物を持ちながら買い物なんてできやしないだろ? ま、もっとも運ぶのは数時間後になっちまうから、今すぐにでも必要ってんなら客が自分で持っててもらうことになるけどな。邪魔ならその野菜カゴも置いて行きなよ。それについでだから他の店で買った物でも運んで行くからな!」
どうやらそれがこの市場の基本らしい。確かに抱き抱えるほど重い荷物を持ちながら、買い物なんてできるわけがない。デュランは納得すると、抱えていた野菜カゴを降ろした。
そうしてデュランとリサは購入した豆一袋と野菜カゴの荷物を預け、次の店へと向かうことにした。
その途中、リサからこんなことを言われてしまう。
「お兄さんって……市場で買い物したことないんだね?」
「正直言うと、このような市場に来ることさえ初めてのことだな」
「ふ~ん。そうなんだ。じゃあ今まではちゃんとしたお店で買ってたの?」
リサはデュランがこれまでどうやって生活していたのか気になる様子。
別に隠すことも無いので彼はそのまま話した。
「いや、食べ物やワインなどは店の者がわざわざ俺の家に来て、注文を伺い後は商品を全部家へと運んでたな。その他の服やら何やらは自ら店に赴いたりして買ったりしていた」
「そっかぁ~っ。お兄さんの家ってお金持ちだったんだね?」
そう口にすると、リサはどこか寂しそうな顔をしていた。
(リサの家だって名門ラインハルトなんだから、他の貴族のような生活をしていたのではないのか? それともその話自体が嘘だったのか、あるいはその頃は幼すぎて自分で覚えていないのか……いや、これは今は考えても仕方のないことだし、そもそも意味が無いことだな)
デュランは一瞬ではあったが、リサの境遇が頭の片隅を過ぎ去るが、未だ真実かどうかの確証が得られないため、今は考えることを止めることにした。