「じゃあとりあえず、明日からレストランを再開するってことでいいか? 俺とリサは料理に使う食材の買出しに行くから、その間アルフにはすまないが表にある看板にペンキで店の名前を書いてくれるか?」
「ああ、もちろんいいぜ。昔は日雇いの仕事で家のペンキ塗りもやったことあるから俺に任せろよ!」
「そうか。それは心強いな。リサ、行くか?」
「うん♪」
こうしてデュランとリサは明日から営業するための食材を仕入れるため、野外露店が立ち並ぶ街中央にある市場へ行くことにした。その間アルフには、看板を塗り直して文字を書いてもらうことにした。どうやら彼は手先が器用なのか、ペンキ塗りをしたことがあるというのだ。これなら明日からの営業に何ら支障がないかもしれない。
「場所は『
「そうだね。ボクがいつも行くのはそこだからね。あそこなら顔が利くからほとんどの食材が
『下流階級の市場』とは、その名のとおり下流階級の人々が自分の家で育てた作物や工芸品などを取り扱う市場のことである。本来ならば建物の中に店を構えるのが一般的な商売であるのだが、彼らにはそれを買う金も、また建物を借りられるだけの保証金に見合う価値の担保や保証が無いため、屋外に移動式のワゴン等に布で作られたテントを張って店を開いている。
しかもそれらは国からの許可を得ずに行われている、無許可の店が集まって作られた
通常店舗を構えている場合には同一商品を扱う店が乱立して
そして店側は店舗の規模や年間取引の売上に応じて国へと税を納める決まりになっているのだが、無許可店舗ではそれが無いわけだ。
一見すると国の許可なんていらないと思ってしまうだろうが、国の税収にも直接関わる問題なので定期的に取締りがあったりするリスクを背負っている。
だからこその野外露店であり、商品数もその日限りで売れる分だけ持ち込み尚且つ移動式のワゴンなのだ。これならば仮に突然の取締りにも対応することができるだろうし、もしものときにはワゴンごと捨てて逃げればそれで済むわけだ。
彼らは税金を払わず常にそれなりのリスクを背負ってはいるが、今のところ不自由はしていない。
何故なら、下流階級の市場は国から黙認されてもいるからである。
無法とも思える市場であるがそれなりの秩序もあり、そして
貴族や王族など上流階級と呼ばれる人々は確かに庶民を支配しているけれども、それは国の法という法治国家の土台で守られているからこそ有効な手段なだけである。
上流階級と呼ばれる人間はほんの一握りの存在であり、大多数の人間はそれ以下の庶民ばかりなのだ。一旦数の暴力としてのクーデターが行われれば、そこに国の法や常識、彼らが何世代にも渡って守ってきた既成権力なんてものなんてのは、文字通り紙のように吹き飛んでしまうことだろう。
それに庶民達の不満はいつ暴発するか分からず、国家において市民達の暴動は常に国家転覆の恐れが付き纏う懸念事項であり、非常に危険な火薬庫のような存在と言えよう。
それがいつ何時何が理由でそこへ火が点くのか、それは誰にも分からない……。
そうしてデュランとリサは街の中央にある『下流階級の市場』へとやって来た。そこには庶民の主食である、じゃがいもやヒヨコマメ、それに葉物野菜を中心に取り扱う店の他にリンゴなどの果物を扱う店、豚や牛を解体している食肉店、イワシなどの魚を塩漬けにした物を並べている店、そして木で作られた木工工芸品や蔓で編まれたカゴなどありとあらゆる商品が所狭しと軒先に並べられていた。
そしてリサはその中の一軒の野菜を売る店へと足を向け、店主であろう年配の男性へと声をかけるのだった。
「おじさん、こんにちは!」
「おっリサじゃないか。ここ数日姿を見なかったけど、元気でやってたのか?」
「にゃははっ。元気元気♪ ちょ~っと用事というか、色々あってね」
どうやら店の人と顔見知りと言うのは本当のようだ。
とても親しそうにやり取りをしている。
「それでどうしたんだ今日は? 何か入り用なんだろ?」
「う~んっと、ね。もし余ってたらでいいんだけど……あっ、今日はここに入れてある野菜クズなんかを貰えないかな?」
リサはその中でも商品とは別に、脇に置かれたカゴの中の野菜を指差した。
見れば、そこには何故か萎れた葉物野菜が入れられていたのだ。どうやらこれは売り物ではないみたいだ。
「今日は……というか今日
「あっははっ。まぁ愛だけじゃお腹は膨れないもん。ね、お兄さん?」
「あ、ああ」
何故か店の店主はデュランのことを彼氏だと誤解したようなのだが、訂正するのが面倒なのかリサはそのまま話を進めた。
そして後ろ肘で腹を軽く突付かれたデュランは話を合わせるようにと目配せされ、とりあえず恋人のフリをすることに徹した。