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第36話 好奇心

「ふふっ。これはもしや二人の邪魔をしてしまったかな? これはすまないことをした。私は貴族の出身ではないからね、このような貴族同士の争いには必ず銃で決着を着けるものとばかり思ってしまってね。それでつい口を挟んでしまったのだよ。それにもしも銃が入用ならば、ウチの銃を使ってくれたまえ。なぁ~に、お代のことなら心配無用さ。互いに名のある貴族同士の殺し合いが見れるんだ。むしろ私としては見物料を払いたいくらいだからねっ! はっはっはっ」

「……ちっ。行くぞマリー。他の客にお前のことを紹介しに行く」

「え、えぇ……」


 まるでルイスの言葉から逃げるよう、ケインは妻であるマーガレットを引き連れて人ごみの方へと行ってしまった。


「おやおや、これは私の親友であるケインに嫌われてしまったかな。ふふふふっ」


 後に残されたのはルイスと呼ばれる青年とデュラン達だけである。


「(なぁルイン。このルイスってのは一体誰なんだ? それにケインがまるでコイツから逃げるよう、どこかに行ってしまったが……)」

「(この方は最近、急成長しているオッペンハイム商会の当主ですわよ。お兄様、知りませんでしたの?)」

「(コイツがあの一番デカイ石買い屋の当主なのか?)」


 デュランは驚きを隠せなかった。


 何故なら、この街で……いいや、この国において一番権力を持っている人物が目の前に居るのだ。しかもその当主が自分と同じくらいの年齢なのだ、驚かないほうが無理があるというもの。


「おや。どうかしたのかな、そこのお二人さん? え~っと、君は確か花嫁の妹さんだったかな? そしてその隣に居るのは……」

「……デュランだ」

「ああっ、そうか! 君がケインの従兄弟というデュラン君なんだね。戦地では捕虜となり、何かと苦労もあっただろうね。うんうん……これは聞いていたとおりだね」


 ルイスはデュランのことを知っていたのか、親友のように親しい言葉で彼に労いの言葉を投げかけながら気安く肩を叩き、まるでデュランのことを値踏みでもするかのように、下から上へと舐めるよう観察してから二度ほど頷いていた。


 デュランはそんな彼の言葉と行動に違和感を覚えてしまう。


(このルイスってヤツ……なんで俺のことを知っているんだ? もしかしてケインあたりが話したのか? それにしても相手の肩に触れてくるだなんて、妙に馴れ馴れしいヤツだな。それに口調も貴族の《《それ》》とは違う)


 デュランはまだ互いに自己紹介すらもしていない人物が自分のことを知っていることに対して、思わず怪訝そうな顔をしてしまった。


「うん? ああ、これはすまないことをしたね。互いの自己紹介がまだなのにとんだ失礼をした。私の名前はルイス・オッペンハイムだ。よろしく頼むよ」


 ルイスは親交の証と言わんばかりに右手を差し出してデュランに握手を求めてきた。

 特に拒む理由もなかったデュランは名前を告げて彼と握手をする。


「ほほぉ~っ。これがあの戦地から生きて戻ったという英雄のデュラン君か。なるほど……ああ、すまないな。私はつい思ったことを独り言として口にしてしまう癖があるのだよ。無礼を許してくれたまえよ」

「あ、ああ……」


 ルイスはデュランと握手をしながらもジロジロと彼の顔や髪、その容姿など観察するのを止めなかった。


「それはそうとデュラン君。一言だけいいかね?」

「はっ?」


 この期に及んで一体何を喋るというのか……デュランはふいを突いたルイスの一言に思わず素で反応を示してしまった。

 そして何を考えているのか、ルイスはデュランの手を引き自らの体へと引き寄せたのだった。


「あっ、おい!? 危ないだろ突然っ!」


 デュランはその突然の行動に対応しきれずに彼の体へと倒れてしまうがルイスはそれすらも初めから見越していたのか、優しく抱き留めるとそのまま彼の背中へと手を回す。その手つきといったら、まるで女性のそれを扱うよう円を描くよう優しくも撫でながら、そっと右耳へと口元を近づけてこう囁いた。


「……君はとても危険な存在だが、得も言えぬ魅力がある。私は君にとても興味があるんだよ」

「なっ! なに言ってやがるんだよ、お前はっ!? いい加減離しやがれっ!!」

「おやおや、振られてしまったかな? それでもちゃ~んと手は繋いでくれているんだね」


 デュランはその言葉にとても嫌な雰囲気を感じて咄嗟に彼から体を離してしまうが、未だ右手は繋がったままであった。


「くっ!」

「ははっ。今度こそ本当に振られてしまったね。いやはや残念だよ。ふふふふっ」


 デュランはルイスの手を振り切るように右手を上から下へと勢い良く振り切った。

 だが、それでもルイスは不適な笑みを浮かべて名残惜しそうにしている。


(こ、コイツ、もしかしなくても男色家だんしょくか

なのかっ!?)


 デュランはその言動からルイスが男好きなのではないかと勘繰ってしまう。


 男色家とは、性的趣向の対象が異性ではなく同じ男性という趣向の持ち主を指す。

 何故そうなったのか、その理由は定かではないが少なからずそのような性癖を持っている者がいることはデュランでさえも知っていた。


「おおっと。変な誤解しないでくれたまえよ。私は何も君のことをベットへ招きたいとは微塵も思ってはいないよ。ただ君自身に興味がある……というだけだ。いや、これではまるで恋する乙女の恋愛の思想にも似ているから、強ち間違いではないのかな? はははっ」


 そう言いつつもルイスはデュランから目を離そうとはしなかった。

 だがそれも先程のような好色の瞳ではなく、まるで獲物を狙う肉食獣のような目をしていたのだ。また先程と同じように口先では笑っているが、今はその目だけは笑ってはいなかったのだ。


(……この男は危険だな。さっきまでのふざけた感じなんかよりも、今この瞬間の方が明らかにヤバイ感じがする)


 デュランは目の前に居る不気味なルイスに対し身の危険を察したのか、自然と体に力が入っていた。


「…………どうやら君を怖がらせてしまったようだね? ふふっ。今のはすべて冗談だよ、冗談。何にも今この場で君のことを取って食おうなんては思っていないさ。そもそも今そんなことをしてしまったら、これから先の楽しみが減るというものだからね。けれども、些か興が過ぎてしまった感じかもしれないなぁ。それでは私はこれで失礼するよ……デュラン君、またな・・・


 ルイスは興が削がれたと言い残すと、そのままきびすを返してどこかへと行ってしまった。


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