「うん? なんだ遠慮せずに言ってみな、ルイン。今の俺なら何を聞いても大抵のことなら大丈夫だぞ」
デュランは言いにくそうに顔を伏せ、今にも泣き出しそうなルインに優しく語りかけながら、そっと彼女の頬へと両手を優しく添えた。
「じ、実はですわね……昨日お兄様にお伝えした、お姉様とケインさんとの密約なのですが……その……」
「……そんなもの初めから無かった。ルイン、本当はそう言いたいんだろ?」
「お、お兄様は……そのことをご存知だったのですか?」
言い淀んでいるルインを尻目に、デュランは先にその事実を口にした。
ルインはデュランがそのことについて、既に知っていることに驚きを隠せない様子。
「一体いつ、そのことをお知りになられたのですか? もしや昨日、お姉様とお会いしたときに話されたり?」
「いいや、違う。マーガレットとはそんなことを話す時間もなかったからな。あの時は互いに一言二言くらい言葉を交わすことしかできなかった」
「それでは……」
ルインは不思議で堪らなかった。
昨日、自分がついた嘘をデュランは見抜いていたという。
しかも姉であるマーガレットへ確認したわけでもないにも関わらず、デュランはそれを知っていたのだ。
「もしや昨日、密約について告げた時点でそのことに気づいたいたのだろうか? あの時のお兄様の様子からはとてもそんな風には見えなかったのに……」と、ルインは内心思っていた。
「俺が知ったのはついさっきのことだ。教会で誓いの言葉を口にする直前、マーガレットが不安そうに俺の顔を見たんだ。もしケインと何かしらの密約なりが存在するなら、あんな顔は絶対にしないはずだ。むしろマーガレットなら自信満々の満面の笑みで勝ち誇った顔をしていただろうしな」
「そうだったのですね。そのときに…………。お兄様は本当にお姉様のことなら何でも知っているのですわね」
ルインは納得したといったように頷きながらも、どこか悔しそうにしている。
きっと別れてなお、互いのことを一番良く理解している……そんな嫉妬が彼女にはあったのかもしれない。
「お兄様……嘘をついてしまったことをお詫びいたしますわ」
ルインはデュランから少しだけ離れると、頭を下げて彼を騙したことを謝罪する。
「ルインが謝ることじゃないさ」
「で、でもっ!! 私はお兄様を騙したんですわよ。その……怒っていらっしゃるのでしょう?」
ルインはデュランが怒っていると思い込み、まるで叱られるのを待つ子供のように少し顔を上げ彼の様子を伺っていた。
「俺は怒ってない。そもそもルインは俺のために嘘を言ってくれたんだろ? そんなルインを怒れるわけないだろ。だから顔を上げろ。ほら、そんな悲しそうな顔をしていたらせっかくの可愛い顔が台無しになっちまうぞ」
「ぐすっ……私、泣いてなんかいませんわよ」
デュランは彼女の頬を優しく包み込むように両手を当てながら顔を上げるようにと軽く持ち上げると、彼女の瞳には今にも溢れ出しそうな涙が溜まっていた。
デュランはそっと親指の腹を使い、目元の涙袋をなぞるよう横に滑らせると流れる前の涙を指で拭った。
「ふふっ。ほんとルインは昔から泣き虫だったよな。こんな大人になっても泣き虫が治らないなんて、そのうち嫁の貰い手がなくなってしまうぞ」
「そ、そんなの私の勝手ですわよ! それにもし誰からも相手にされなかったら、お兄様が責任をとって私を娶ればいいことですわよ!」
「ははっ。ああ言えばこう言う。ほんとそんなところはマーガレットにそっくりなんだな」
「お姉様とは姉妹なんですから似ていて当然のことですわよ! それとお兄様は将来、私のことをちゃんと娶って妻とする……いいですわね? これは確定ですからね!」
デュランはルインのことを妹のように大切にしているが、ルインのその気持ちに気づいていないわけではなかった。
むしろ好意を寄せられていることが心地良いと同時に、これまでは婚約者であるマーガレットが居たため、その気持ちを汲むことができずにいたのだ。
(ルインと結婚するのもいいかもしれないな。でも……)
一瞬、ルインと本気で結婚しても良いと思ったデュランだったが、既に彼の心の中心には他の女性がいたのだ。
その彼女がいたおかげで、デュランはマーガレットのことを諦めることができたのかもしれないと思っていた。
昨日までとは違う彼の心境とルインからの好意。
その二つがあったからこそ、心が落ち着き冷静になれたのかもしれない。
「さて、お集まりの皆様。今日めでたくも結ばれた夫婦の登場です。どうか温かい拍手でお迎えください」
ちょうどそこへ着替えを終えたばかりのケインとマーガレットが現れた。
ケインは普段から着ている貴族の正装服を、対するマーガレットは色鮮やかな緑のドレスに身を包んでいた。
「マーガレット……ルインすまない。俺、ちょっと行ってくるから!」
「お、お兄様っ!?」
デュランはマーガレットの姿を見るなり、まるで吸い寄せられているかのように彼女の元へと歩み寄って行ってしまった。
残されたルインも何かあっては困ると、少し慌てた様子で彼の後姿を追っていった。