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第32話 気持ちの整理

「ハアッ! ハアッ!」


 デュランは少しでも早く着くようにとメリスを操り舗装されていない砂利道をひたすら走っていたのだったが、心内では自分の今の行動に疑問を持っていたのだ。


(俺の頭はなんでこうリサの笑顔ばかりを考えちまってるんだよ? 今こうして急ぎ向かってるのはマーガレットの元なんだよな? それなのになんで……)


 本来ならば自分の婚約者が他の男と結婚式を挙げようとしているのだ。怒りや悲しみの感情こそあれ笑顔になってしまうのは普通に考えてもおかしい。

 それでもデュランは自分の中で芽生え始めているこの気持ちを否定することはできなかったのだ。


 それは何故なのか……


(もしかしたら俺はリサのことが異性として気になっているのか? そうでなければこんな気持ちにはならないよな……)


 一度そう思ってしまえば頭の中は結婚式などではなく、彼女のこと……リサ・ラインハルトのことでいっぱいになってしまうのだった。

 そして「自分はマーガレットとケインとの結婚式に向かうべきなのか?」との迷いも生じ始めていた。


「メリス……ドゥドゥ」

「ヒヒーン!」


 いつの間にかデュランはメリスの手綱を引いてしまい、駆けるのを止めさせてしまったのだ。

 メリスはすぐさま走るのを止めると、勢いをなくしながらも少しずつ町へ向かって歩みを進めていた。


「なぁメリス……俺はどうしたらいい?」

「ヒヒン?」


 金色の麦畑だけが広がる道の真ん中で、デュランは馬であるメリスへとそう語りかけた。


 もちろんメリスが人の言葉を話せるわけもなく、また彼自身も答えを求めていたわけではない。

 例えその相手が馬であろうとも、自ら語りかけ疑問を口にしなければ、その答えが見出せないと思ったのだ。


「リサ……マーガレット……」


 そこでデュランの心に一番に浮かんでしまったのはリサの笑顔、そしてその次に浮かんだのがマーガレットの笑顔だった。


「んっ」


 いつの間にかデュランは右手に持っていた手綱を軽く引っ張り、メリスにその場で右回りをするようにとの指示を出してしまった。

 そして目の前に広がるのは、今駆けて来たばかりのツヴェンクルクの街へと向かう道である。


(戻るべきか、否か……)


 デュランはこのまま結婚式には出ずにリサが待つレストランへと戻ろうかと考えていた。

 この場で自分が今している事の意味と、そしてまた今からしようとしている事の意味についてを思い悩み、葛藤かっとうに苛まれてしまう。


(俺はマーガレットの結婚式に対して怒ればいいのか、それとも祝福すればいいのか、どっちなんだよ……それともこのまま街へと戻る選択もあるよな)


 昨日まではマーガレットとケインとの結婚式を是が非でも止めさせると息巻いていたにも関わらず、今は不思議とその怒りが収まっていたのだ。

 そして不安と悲しみが支配していた気持ちもどこかへと吹き飛び、代わりに得も言えないなんとも表現しづらい不思議な気持ちが彼の心を支配していた。


「俺の居場所はもうマーガレットの傍にはないんじゃないか? もしあるとしたら、そこは……」


 デュランは自分の存在価値についてを改めて考え一つの結論に辿り着いた。



「お兄様……お姉様の結婚式にいらしてくれたのですね」

「ああ、一応……な」


 小さな花束を持ったルインに声をかけられ、デュランはそう答えた。

 彼女が持っているもの……それは次の花嫁を決めるため新婦が投げるブーケであった。きっと妹だからと手伝いを買って出たに違いない。


 デュランは結局自分の中の気持ちに整理をつけるため、マーガレットとケインとの結婚式に出席することにしたのだ。

 マーガレットの……いや元婚約者・・・・の顔を見れば自分がこれから進む道を決められるはずだ、そうデュランは思っていた。


「マーガレットは……」

「お姉様なら式が始まるまで姿を披露しませんわ」

「そうか……少しくらいマーガレットと話がしたかったんだけどな。仕方ないか」

「それは無理ですわね。昨日のこともありますから……」


 きっとケインがデュランのことを警戒して、そうさせたに違いない。

 実際式が始まる前には慌ただしく人が多いため誰が潜り込んでいてもバレず、花嫁を攫うには絶好の機会と言える。


「それにしてもルイン。地方の結婚式だってのに結構な人が出席しているんだな」

「ええ。親戚だけでなくこの近くに住む名立たる貴族や身分が高い役人や裁判所の判事や書記官など、錚々そうそうたる顔ぶれが集まりましたわね」

「つまり権力者ばかりが集まっていやがるわけか」


 結婚式は町中央にあるただ一つの小さな教会で行われることとなった。

 ここでは簡単に式だけを行い、その後は新郎の家へと招待客たちを招いて盛大なパーティが行われる。


 貴族や役人達がこうした式に集まることは何も珍しいことではなく、またただ挙式を祝うため集まっているわけではない。


「顔合わせ……結婚式とは名ばかりで交流の場として使われるわけだな」

「言い方は悪いですが、そうなりますわね。それも仕方ありませんわよ」


 実際誰もが結婚式のその後の交流会目的にこうして集まっていたのだ。

 結婚式というのは単なるきっかけにすぎなかった。


(ここに居る大半の人が結婚式なんてどうでもいいと思ってるに違いない。いや、そもそもマーガレットの名前すら知らないで出席しているヤツもいるだろうな)


 デュランはせっかくマーガレットの結婚式が行われるというのに得も言えぬ不快感と、この場の空気に憤りを感じていた。


「あ、あの……お兄様。実はわたくし、お兄様に謝らなくてはいけないことが……」


 カランカラン♪

 ルインがデュランへと何かを伝え謝ろうとしたちょうどそのとき、教会の屋根にある大きな鐘が鳴らされた。


 それは結婚式が始まる合図だった。

 出席者達が次々と中へと入って行き、もう教会の扉が閉じられようとしていた。


「もう式が始まる時間だな。ルイン、その話は後からでいいから急ぐぞ」

「は、はい」


 扉が閉まるその前に二人は慌てて中へと入った。


 教会の中には出席者が多く、席は空いていなかった。

 唯一空いているのは前列の新郎と新婦の家族が座る前列の席だけだった。 


「もしよろしければ、お兄様も私と一緒に前の席へ……」

「いや、俺は後ろでいいさ。どうせケインにとって俺は招かねざる客だろうしな。ルインは家族なんだから俺に遠慮することなく、前に座れよ」

「ですが……」

「ほら、神父が来たから時間もないぞ。いいから早く」


 ルインは最後までデュランの腕を取って前の席へ連れて行こうとするのだが、彼は頑なにそれを拒んだ。

 そしてついに諦めたルインは一人前列の家族が座る席へと行ってしまうが、それでもデュランのことを心配するように時折チラチラと彼へ視線を寄越していた。


 デュランは少しだけ手を挙げ、ルインの不安そうな顔に笑顔で応える。


「お集まりの皆様。今日ここにケイン・シュヴァルツとマーガレット・ツヴェルスタ、その両家貴族における婚姻の儀を執り行ないます」


 こうして神父の静かな言葉からマーガレットとケインとの結婚式の始まりを告げられた。


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