「い、一体なんでマーガレットが結婚式をするんだよ!? それに本当にケインと結婚するだなんて、そんなことが許されるなんてっ!! いた~っ!?」
「お兄様、落ち着いてくださいませし。お体に
「んっ……ごくっ」
デュランは起き上がろうとするのだが、背中の痛みから思うように体を動かすことができず、ルインに支えられながらベットへと寝かされる。
そして彼女はベット脇に置いてあった紙の包みに入れられた粉薬を手に取ると、左手と腕を使って彼の後ろ頭へと差し入れ支えるように起き上がらせてから水と一緒に痛み止めを飲ませた。
「ごほっごほっ……に、苦いなこの粉薬」
「良薬口に苦しですわよ。今のお兄様にはちょうどいい薬ですわ。我慢してくださいませ」
口いっぱいに薬特有の苦味が広がり、デュランはつい顔を歪ませてしまう。
だがその苦味のおかげなのか、冷静に物事を考えられるまでに彼は落ち着きを取り戻していた。
「マーガレットは……俺を助けるために結婚するのか?」
「ええ……それと実家のためですわね」
「そうか……」
ルインは自分の家の財政状況も姉が結婚する理由の一つになっているので、少し後ろめたかったのだ。
そしてデュランはそれ以上何も言えなくなってしまう。
今の彼に彼女の家を救えるほどの財力が一切無く、また今後上向きになる予定も皆無だったのだ。
これではもしケインとの結婚を阻止したところで自分と同じように、彼女の実家までをも没落させてしまうだけだと思ってしまったのだ。
「マーガレットは家のため、政略結婚させられるのか。クソッ!! 俺は……俺は……」
「お兄様……」
デュランは憤りのない怒りをどこへぶつけていいのか分からずに、自分が寝ているベットを叩くことしかできなかった。
そんな彼を慰めるようにルインは彼の痛いほど強く握られた右手へと、そっと自分の両手を重ね合わせ少しでも怒りを紛らわせるようにこんな言葉を口にした。
「ですがお兄様、そんなに悲観しなさいでくださいませ。実はこの結婚にはお姉様とケインさんとの間で密約が結ばれていますわ」
「密約だ……と?」
デュランはルインのその一言に驚きを隠せない。
「ええ。お姉様もそこまで愚かではありませんからね。これが政略結婚であると最初から理解して、ちゃ~んと実家の名と自分の身を守るため事前に策を用意していたのですわよ」
「それって一体……。そもそもその密約の内容は何なんだ?」
「私もそこまでは……」
ルインも二人で交わした密約の内容までは知らないと首を横に振るのだが、マーガレットは自分の身を守るため何かしらの策を用意していたのだと言う。
「ですからお兄様、明日の結婚式に出てくださいませ。お姉様もそれを望んでいるはずですわよ」
「ああ……マーガレットがそれを望んでいるなら俺は……」
デュランは既に暗くなった窓へそっと視線を移した。
「お兄様……本当にそのお体で帰られますの? 今日くらいウチへお泊りになられてもよろしいのに」
「ルイン、その申し出はありがたいがな。俺にはやることができちまったから……それにレストランの方もアルフ達に任せっきりしてるから心配だしな」
デュランは明日のマーガレット達の結婚式を前に自分の店へ戻ることにした。
マーガレットとケインとの間に結ばれたという密約が何なのか今は分からないが、デュランはマーガレットを信じて今の自分にできることをするつもりだった。
それが仕事でもあり、少しでも金を稼ぎ出していれば、必ず何かしらのチャンスを得られるはずなのだと考えていた。
だから本当ならば、明日までツヴェルスタ家に泊って明日の結婚式まで体を休めたかったが、生憎と彼を取り巻く状況がそれを許さない。そのため、デュランはこのまま街へと戻ることにした。
冷たい夜風に晒されることで、頭を冷やす意味もあったのかもしれない。それほど今日したことは軽率であったとデュランは考えていた。
「それよりルイン。本当にこの馬を借りてもいいのか? 大切な馬なんだろ?」
「ええ、もちろんですわよ。それにお兄様、この白馬の名前は『メリス』と言いますわ。これからはメリスと、ちゃんと名前で呼んであげてくださいませね。この子はとても賢く何よりお兄様にこんなにも懐いていますから、お貸しして差し上げますわ。それにこのような夜道を歩いて街まで向かうのは無謀と言えますわ。だから変な遠慮はなさらないでくださいまし」
デュランは暗い夜道の中、街へと戻るためルインから白馬のメリスを借り受けることになった。
もちろん馬があれば夜道と言えども早く街に着くことができるし、明日の結婚式にトールの町まで来るのにも楽になる。
デュランはルインのその申し出をありがたく受け取った。
「色々とありがとうなルイン。それと、もしマーガレットに会ったら俺はお前のことを信じている……そう伝えてくれないか?」
「お兄様……それではまるで自分は明日の結婚式には来ないような口ぶりですわよ。そのように大切なことはお兄様の口から直接、お姉様へと仰ってくださいまし」
「ふふっ。確かに……な。でもまさかルインから説教される日が来こようとは思わなかったな。ああ、わかった。明日の結婚式当日にマーガレットに直接言うことにするよ」
ルインは少し意地悪な物言いでデュランから姉への言伝についての断りを入れた。
彼女はもしかしたら「お兄様は明日の結婚式に出席しないのかもしれない……」そう思って自分で言うようにと断ったのかもしれない。
「じゃあ……明日な」
「ええ……明日ですわ。メリス、お兄様のことをお願いね」
「ヒヒン♪」
ルインは自分の想い人であるデュランのことを愛馬へと委ねるようにそう声をかけながらメリスの頭をそっと撫でた。
「メリス……さあ行くぞ! ハアッ!!」
「ヒヒン!」
デュランはメリスへと声かけをしてから手綱を振るう。
それに応えるように白馬は全速力で街へと続く闇の中へと消えて行った。
「お兄様……ごめんなさいね。騙してしまって……」
ルインは今は見えぬ想い人への謝罪の言葉を口にすると、いつまでも彼が消えた闇の中を見つめることしかできないのだった。