「お姉様は二階の奥の部屋にいるはずですわ」
「二階の奥か」
ようやくデュラン達はマーガレットが居る元デュランの家へと辿り着いた。
「さすがに、このまま正面から行くのはマズイよな」
「ええ。きっとケインさんのお父様がお兄様に会わせぬようにとしているはずですわ、もちろんケインさんも……」
結婚式を明日に控えて、中止なんてことは今更できるはずがない。それは貴族としての体面を重んじる性質上、決してあってはならないことなのだ。
ケインもケインの父親も、デュランがマーガレットの結婚式の邪魔をしに来るはずだと警戒して、二人を会わせるわけがない。
だからマーガレットのことを二階の奥の部屋へと押し込め、結婚式当日まで監禁しておくつもりなのだとデュランとルインは考えていた。
「……となると、頼みの綱はあそこにある木だけか」
家の隣には昔から植えられているブナの大きな木があった。
その木の枝がちょうど二階奥の部屋へとまるで架け橋のように伸びているのが目に入った。そのためデュランは、この枝を伝ってマーガレットの部屋に侵入しようと考えたのだ。
「お兄様。私はこれから玄関から訪ねてケインさん達の気をこちらへと惹きつけるようにいたしますわ。その間にお願いしますわよ」
「ルイン……本当にそんなことを頼んでもいいのか?」
「ふふっ。もちろんですわよ。お兄様がお困りなら私はどんなことでもいたします。だからお兄様……お姉様のことを頼みましたわよ」
「ああ、任せておけっ!」
こうしてルインがケイン達の気を惹きつけているうちに、デュランは木を登って二階の部屋への侵入を試みることにした。
「すみませーん。旧ツヴェルスタ家から使いに来ましたわ。どなたかご在宅ではございませんかー」
「ったく。玄関で騒いでいるのはどこのどいつなんだ! うん? お前は確か……マーガレットの妹だったな。一体何の用なんだ?」
「あらケインさん、ご機嫌ようですわ。家にいらしたのですわね。実は実家からお姉様へ御用があったもので、こうして私がこちらへと出向いて差し上げ……」
ルインはさっそく玄関戸を叩いて気をそちらへ向くようにと時間稼ぎをしてくれている。
「さて……」
デュランはその大きな木へ足をかけるとさっそく木登りを始めていた。
(こんな木登りするのなんて子供のとき以来だな。これが遊びだったら良かったんだが……。それに子供の頃、こうしてマーガレットと木登りをした覚えも……)
デュランは子供の頃にマーガレットと一緒に木登りをして遊んでいたことを思い出していた。
「ふふっ。あのときのマーガレットはまだ男勝りって感じだったもんなぁ~」
デュランは思い出にあるまだ子供の姿のマーガレットの姿を今の光景とを重ね合わせてしまう。
「ねぇデュラン。今日は木登りで競争しない? 勝利条件はあの一番上にある枝まで……どう勝負する?」
「ああ。いいぜ。いつもどおり敗者は勝者の命令を一つだけきく。それでいいよな?」
「ええ。私が勝ってデュランを下僕にしてあげるから感謝しなさいな! よーい、どん!」
「ま、マーガレット卑怯だぞ! 自分はもう半分以上登ってからスタートするなんて……」
(確かあのときも俺はいつものようにマーガレットに負けたんだったよな。それで……)
「はぁはぁ。きょ、今日も私の勝ちのようねデュラン!」
「そ、そりゃ半分以上先に登ってたら勝てるわけないだろ」
「それでも勝ちは勝ちなのよ。人と勝負するのに同じ条件下なんて現実にはありえないことだもの! さぁ私が勝ったんだから言うことを聞いてもらうわよ」
「わかったわかった。まったくマーガレットにはいつも頭が下がるよ。で、願いはなんだよ。さっき言ってた下僕か?」
「いいえ違うわよ。デュラン、貴方将来……わ、私の生涯の伴侶になりなさいな!」
「伴侶? なぁマーガレット。伴侶って確か夫婦って意味なはずじゃあ……」
「生涯の伴侶……か。ふふっ」
デュランは当時のマーガレットの言葉を思い出すとつい口に出して呟いてしまった。
(あの後は確か二人して木から下りられなくなっちまって、父さんとマーガレットの父親に怒られたんだよな。それで何故かルインまで一緒になって泣いちまって、両親達が慌てて取り繕ったっけなぁ~)
デュランは当時の思い出を懐かしみながら登っていると、二階の部屋ほどの高さまで辿り着いていた。
「ここか。確かこの部屋は父さんと母さんの部屋だったな」
窓は閉められ内側からカーテンが敷かれているため、中の様子を覗き見ることはできなかった。
ルインの話では、ここにマーガレットが居るらしい。
「マーガレット。俺だ。デュランだ!」
「……デュラン? まさかなの? ど、どこに居るのっ!?」
デュランは小声でマーガレットの名を呼びかけると、中からマーガレットが自分のことを呼ぶ声が聞こえてきた。
「窓の外だ。木の傍の窓辺」
「ああデュラン。貴方なのね!」
カーテンが開けられるとマーガレットの顔が映し出された。
「でゅ、デュラン。貴方なんて所に立っているのよ!? 危ないわよっ!!」
そして彼女は窓を開け放ちデュランの姿を確認するのだが、そこはなんと木の上だったのだ。
それも二階建ての家と同じ高さである、ブナの木の枝へとデュランは立っていた。
それは相当な高さであり、当然そこから落ちたら無事では済まないだろう。
「ははっ。マーガレットは心配性だなぁ~。昔はよく二人で木登りをしていたろ? だから平気だよ」
「あ、貴方いつの話をしているのよ!? それになんでここに……」
「……そんなの決まっているだろ。マーガレットと子供の頃に木登りをして約束したのを覚えていないか?」
「それってもしかして……」
「ああ。お前を迎えに来た!」
デュランは臆することなくマーガレットへそう叫んだ。