「んっ……ちゅ♪ ふふっ。お兄様とキスをしてしまいましたわ♪」
「る、ルイン……今のって、まさか……」
「ええ、その
ルインはようやくその長い長い口付けを止め、デュランの唇を解放した。
二人の間には光を反射して作られる銀色に輝く小さなかけ橋ができてしまう。
デュランがルインの目を見つめると、彼女は潤んだ瞳と笑顔でこんなことを口にする。
「お兄様。私の初めてを受け取ってくださって心より感謝いたしますわ♪」
「ルインの初めてを……俺が……?」
ルインから意味深にも初めてを強調されてしまったデュランは、反射的にもそっと自分の唇に指を当てなぞってしまった。
どこか温かくも優しい感触と甘い彼女の味が未だ自分の唇に残ってしまい、デュランは思わず彼女の唇へと目を向けてしまう。
(口付けとはいえ、俺は今ルインの初めてを奪ってしまったのか……)
それは男女の営みにおいての初歩的行為にして自分の感情を相手へと一番分かりやすく伝えるもの。
そして何より相手の心を虜にしてしまう魔性の行為とも言える。
デュランはまさにルインとのキスによって今なお馬の上だというのに、目の前にいる彼女のことしか考えられなくなっていたのだ。
「ルイン……」
「お兄様……」
デュランが目だけで「もう一度いいよな……」と合図を送ると、ルインもまた「もちろんですわ……」と彼の瞳を見つめながら受け答え、ゆっくりと目を瞑り次の口付けへと備える。
そうして先程と同じく徐々に二人の距離が縮まり、あとほんの少しで彼の吐息と彼女の吐息が触れ合う寸前の出来事だった。
ジャラッ。
突如として二人の間に
「こ、れは……」
デュランがルインへ再度口付けをするためにと顔を下へと向けたことで、首に身に付けていたネックレスが服から飛び出したのだ。
そしてデュランがそのネックレスに手を添えると、一つの銀の指輪が彼の手の平へと差し出される。
それはまるで指輪が二人の愛を阻むかのようにも思えてしまう。
「お兄様。確かそれはお姉様に贈られた……」
「ああ、俺がマーガレットへと贈った婚約指輪
ルインもその指輪の意味を知っていた。
そして彼女はまるで実の姉にデュランとのキスを邪魔された感覚に陥ってしまう。
(やはりズルイですわよ……。こんなときにも邪魔をしてくるだなんて……お姉様は本当に……)
ルインは少し
「お兄様。あのよろしければキスの続きを……」
「ごめん……ルイン」
けれども彼は首を横に振ってしまい、彼女の申し出を拒絶してしまったのだ。
「そ……う……ですわよね」
ルインは今にも泣き出してしまいそうになるのをグッと堪え、そう口にするだけで精一杯になってしまう。
「…………」
「…………」
二人は何も口にせず沈黙してしまう。
少し気まずくて視線を別の方へと向けてしまうのだったが、時折ふと絡み合ってしまい、それがなんだか二人で示し合わせたかのようでもあり、そこへ気恥ずかしさも手伝い、今度は互いに反対の方へと顔を背けてしまう。
「ブルルル」
馬もそんな二人に流れる空気を読んだのか、既に走るどころかその歩みすらも止めてしまい首を横に振っていた。
「「あ、あの!!」」
このままではいけないと互いにも思っていたのか、何かを話そうと声をかけようとして同じ言葉がタイミングよくも重なってしまう。
「る、ルインからでいいぞ」
「え、ええ……」
デュランは紳士らしくも先にルインから……と告げ、彼女もそれに応じた。
「お、お兄様……あの……先程のことなのですが……」
「さ、先程のって……」
先程の……デュランには彼女とのキスしか思い当たる節がなく、少しだけ照れてしまう。
「お兄様もそのように照れないでくださいまし! 私もなんだか照れてしまうではありませんか」
「ご、ごめん」
ルインもデュラン同様に先程のキスの感触を思い出したのか、顔を赤くしていた。
「それで話ってのは……」
「……お兄様。先程私はお兄様へ初めての唇を許しました。けれどもそれについての責任を取って欲しいなどとは申しません。ですが……ですが、これだけは覚えておいてくださいまし。私の初めてのお相手がお兄様であるということ……それだけ覚えてくださっていれば私は何もいりません」
「ルイン……」
ルインは自分の
それはまるでいつ如何なる時にも、彼の心の片隅に自分が存在して欲しいとの彼女の願いだったのかもしれない。
たとえそれが他の女性を愛する時にでも、また同じく口付けを交わす際に自分のことを思い出して欲しいとの『心の縛り』のようにもデュランには思えてしまった。
通常ならば、彼女のそんな願いは『重い』と感じることだろう。
しかし、ルインはデュランと添い遂げられなくてもいい……その覚悟を持って言葉を口にしたに違いない。
デュランがそんな彼女の想いを無下にできるわけがなかった。
「ルイン……ありがとう」
ふとデュランが口にした言葉が、彼女への感謝の言葉だった。
これまで自分へ想いを寄せてくれてありがとう。
そして口付けの初めてを捧げてくれてありがとう。
デュランは色々な想いを込めながら彼女に対して感謝の言葉を述べたのだ。
「ええ、ええ。ぐすっ……こちらこそ……ありがとうございましたですわお兄様♪」
ルインはデュランが悲しまぬようにと笑顔を浮かべながら感謝の言葉を述べるのだが、その目には何故か涙が溢れ出し彼女の頬を伝って地面を濡らす。
そうして彼女は自分の恋が、今まさに散ってしまったことを自覚する。
「ぐすっ……さ、さぁお兄様! 気を取り直してお姉様の元へ急ぎませんこと。早くなさらないとお姉様はケインさんと結婚してしまい手遅れになりますわよ」
「……わかった。ハッ」
ルインは今も目から溢れ出している涙を拭うと、デュランに先を急ぐようにと言った。
デュランは彼女の気持ちを汲むと白馬の横っ腹を靴の脇で軽く叩き、手綱を持ち直してから馬に歩みを再開するようにと指示を出した。