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第21話 大切な妹として

「どうしたルイン? やけに大人しくなっちまったじゃないか? もしかしてあまりにも速すぎて怖くなったのか?」

「……いえ。違いますわよ」


 ルインはデュランの問いかけに対して少しだけ首を横に振りながら、短くそう答えた。

 それが今の彼女にできる精一杯だったのかもしれない。


「ほんとに大丈夫なのかルイン? もしも乗ってて具合が悪くなったのなら、この辺りで降ろしても……」

「それはダメですわよっ!!」

「だ、ダメってお前……」

「す、すみませんですわ。大きな声を出してしまって……」


 自分でも驚くほど拒絶を示す大きな声にルイン自身も驚いてしまう。


「…………」

「…………」


 デュランはそれ以上何も聞かず、またルインもバツが悪そうに顔を背け一言も話そうとしない。


 パカラッパカラッ。

 ただ馬の駆ける音と共に風を裂く音だけが二人の間に流れる。


(私は一体何を望んでいるのかしら? 自分でも自分の考えていることが理解できませんわ。でも……たった一つだけお兄様にワガママを口にできるなら……)


 ルインは意を決してこんな言葉を口にする。


「ね、ねぇお兄様。一つだけ聞いてもよろしいかしら? これはもし……もしの話ですわよ。だから絶対に笑わないで聞いてくださいましね」

「ああ。決して笑わないと誓うよ」


 ルインの真剣なまでの声にデュランも真剣に頷き、彼女の次の言葉を待った。


「もしもわたくしが今のお姉様と同じように、誰かと婚約や望まない・・・・結婚式を強いられていたら、そのときお兄様は今と同じように、私のことをこうして馬で駆け付け必死になりながらも迎えに来てくださいますか?」

「ルインが婚約……か。しかもマーガレットと同じく望まない結婚式を……」


 ルインのその質問はデュランにとっても意外だった。

 まさか乗馬中にそのようなシビアな質問をされるとは夢にも思っていなかったのだ。


「…………」


 ルインの真剣な眼差しを見てしまい、その場限りの嘘はつけないとデュランはこんな言葉を口にする。


「そうだな。もし本当にルインが望まない結婚式をしようとしているならば、俺はどんなことをしてもそれを阻止してやる。例えそれで自分の家系が滅び去ろうとも……。ルイン……俺はお前のことを大切な妹・・・・だと思っているんだ。だからそんな妹が困っているならば、なんだって……」

「……ありがとうございますお兄様。そのお言葉だけで十分ですわよ」

「そ、そうか?」

「え、ええ……」


 質問されてまだ受け答えている最中であったが、ルインは突如としてデュランの言葉を遮ってしまった。


(今の答えではルインは満足しなかったのか……)


 デュランはレインのとても悲しそうな顔を見てしまい、そう思ってしまう。

 けれども今の自分の気持ちとルインの真剣な眼差しに対して嘘をつくことができなかった。


 それにその場限りを取り繕うのはデュランの主義に反するものであると同時に、ロクな結果が待ち受けていないことを彼は知っていたのだ。


 もしデュランが彼女の望む答えを口にしてしまったら、それはマーガレットのことを諦めてしまうことになると同義である。


「お兄様は今も昔と変わらず……(私のことを妹だと思っていらっしゃるのですね)」

「うん? 今何か言ったかルイン? 昔がどうたらって言われた気が……」

「いいえ。お兄様は昔と変わらないですわね! っと言っただけですわよ」


 最後の方は小声となり、デュランの耳には届かなかったようだ。


 それはルインの望みに対する答えの拒否であり、また叶わぬ想いになってしまったのだ。


「それでそれでお兄様、先程おっしゃった私のことが大切な存在というのは本当ですの? ねぇ~っ、どうなんですのぉ~♪」

「おわっ!? る、ルイン危ないだろ! 急に抱きつくなよ、落としちまうだろ」

「ふふっ。ごめんなさ~い、ですわ♪」


 そしてルインはまるで憑き物が落ちたかのように暗い表情から一転して満面の笑顔となりながら、デュランの胸へと抱きついたのだ。


「……ったく。あと自分の都合の良いように俺の言葉を捻じ曲げるな。お前のことは大切な妹として、なんだぞ」

「ええ、ええ。それくらい分かっていますわよ♪ 私がどこの誰とも知らぬ馬の骨と無理無理にでも政略結婚させられる時には、お兄様がこの白馬であるメリスに乗って颯爽さっそうと現れて、私のことを悪の貴族からさらってくれるのでしょう? ふふっ。そのときが来るのを今から楽しみにしていますわよ♪」


 ルインはデュランの言葉をまったく聞き入れていないのか、都合の良いことばかりを述べて、まるで自分が物語の世界に出てくるヒロインのように振る舞うのだった。


「た、楽しみにって……ははっ。まぁそれもいいかもしれないな! そこらの貴族共に俺の大切なルインをくれてやるくらいなら、いっそのこと俺が強引にでもお前のことを奪いに行ってやるよ。だからそれまで……待っていろよ」

「ええ……いつまでも待っていますわよ……私の・・お兄様」


 ルインはデュランの胸に顔を埋めてしまい、彼から見えないようにそう呟いた。


 デュランは胸元の服に冷たい何かを感じ取ったのだが、体を預けてくれる彼女のためにも何も言わずにそっと抱き締めるだけにした。


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