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第17話 廃鉱山に潜む石買い屋の影

「なぁリサ、もう一杯スープもらってもいいか? なんだか俺、余計に腹が減っちまってよぉ~」

「にゃははっ。いいよいいよ。あっ、でも自分で取り分けてよね」

「おうよ!」


 アルフはスープだけでは物足りないのかっと、もう一杯スープを強請ねだっていた。リサはそんなアルフを見てにこやかな笑みを浮かべ、彼自らスープを器に取り分けるようにと言った。


「じゃあリサ。このスープに黒パンを付けるっていうのはどうだ? スープだけだと今のアルフみたく余計に腹が空いてしまうだろう? でもそこに小さなパンがあれば、キチンとした食事になるだろうから、その分だけ値段も多く取れるんじゃないか?」

「それは良いかもしれないね♪ さすがにスープだけじゃ、お腹も空いちゃうもんね」


 デュランがスープのお供に黒パンを添えることを提案すると、リサは納得したように大きく頷いた。


『黒パン』とは小麦の硬い表皮を剥いた胚乳のみで作られた柔らかな『白パン』とは違い、少量の小麦に大麦やライ麦などのいわゆる雑穀を混ぜ合わせて焼いたパンの総称である。


 その名前の由来である見た目が黒い理由は、表皮だけでなく胚芽などもそのまますり潰して粉にした『全粒粉』のためであり、通称『黒パン』とも呼ばれ主に庶民だけが食べる日常的な主食の一つであった。


 また柔らかな白パンとは違い余計な不純物が混じった黒パンは硬く、とても噛み応えがよいために腹持ちも良かった。


「ズズッ。黒パンを付けるならスープにも、もう少し具材が必要じゃないか? 例えば、じゃがいもとかひよこ豆とかさ」


 2杯目のスープを飲みながらアルフが横から口を出してきた。


「うん。確かにアルフの言うとおり、じゃがいもやひよこ豆を具材としてスープに入れれば食べ応えもあるだろうし、腹持ちも良くなりそうだよね!」


 他にも黒パンすらも買うことができない庶民達の中には、じゃがいもやひよこ豆などを主食として食べ毎日の飢えをしのいでいる。

 尤もそれすらも食べられない庶民も当然いるわけであり、毎日欠かすことなく何か・・を食べられることは、とても幸せなことなのである。


「これでどうにか数日以内には、このレストランを開店させることができるぜ! 良かったなぁ~デュラン」

「ああ。それもリサとアルフのおかげさ。それはそうとアルフ。俺のレストランを手伝ってもらうのはいいが他の仕事はいいのかよ? 確か酒場にいたんだよな?」


 デュランはアルフが酒場に居たことを思い出すと、彼が他にしている仕事がないのかと心配となって聞いてみることにした。


「うん。まぁ……な。あっ、別に酒場に居たからって酒を飲んでいたわけじゃねぇんだぞ。あそこでは何かしらの情報・・・・・・・を得るために行っていただけで……」

「わかってるって。アルフはあそこで仕事を探してたんだろ?」

「そ、そう。そうなんだよ。実はな……」


 酒場とは単に酒を飲むため、それと庶民同士が交流する場所の他に日雇い仕事などの情報を得る場も兼ね備えていたのだ。


 アルフの話によればツヴェンクルクの街とはいえ、最近は慢性的に仕事が無い日々が多く、労働者達の多くが酒場に入り浸りながら仕事が来るのを待っているらしい。

 それもたとえ実入りが少ないと分かってる重労働であったとしても、すぐに募集人員に達してしまうため、今日のアルフはそこからあぶれた中の一人だったらしい。


「ほら、一昨年だかにこの近くにあるウィーレス鉱山が発見されたの覚えているだろ? でもあそこも数ヵ月前に廃鉱になっちまってな。それで最近は仕事が激減しちまったんだよ」

「確か銅が豊富に採れていた、わりと優良な鉱山の一つだったよな? そ、それがもう掘り尽くされてしまったというのかアルフっ!?」


 ウィーレス鉱山とはトールの町の近くにある鉱山のことだ。

 そこでは銅成分を多量に含んだ良質な鉱石が採れていたのだが、それがもう枯渇こかつしてしまったというのだろうか?


「いいや、あそこで働いていた人夫の話だと、あの鉱山にはまだ数十年分の銅がわんさか埋まってるって話だったぜ」

「うん??? それじゃあ何で鉱山が閉鎖されてしまったんだ? 今の話だとまだ採掘できる鉱物は残されているんだろ? まさか持ち主が資金不足にでも陥ったのか?」

「ああ。そのまさか・・・なんだよ、デュラン」


 アルフの話だとそこの持ち主である貴族は資金不足に陥り、とあるところから借金をしてしまったらしい。その担保として、ウィーレス鉱山の株式を半分近く預けていたとのこと。けれども更にそこからその担保付きの借用書が別人へと譲渡されてしまい、返済を迫られたその貴族は金を返せなくて、その債権者から強制的に破産させられてしまったらしい――という話だった。


「一体、誰がそんなことを……」

「背後にいるのはオッペンハイム商会だっていう、もっぱらの噂だったな」

「オッペンハイム商会が?」


 石買い屋は鉱山から産出した鉱物を引き取ることで商売を成り立たせている。

 それが何故担保付きの債権とはいえ、業種が違う借用書なんかを買い取り鉱山主を破産まで追い込んでしまったのだろうか?


 そもそも負債とは会社と個人とに分けられる。

 ここでは個人が借り入れた借金とは別に、会社である鉱山の株式を担保として差し入れさせることにより、個人及び会社にその負債を背負わせることができるようになる。


 そこから考えられる結論は一つだけだった。


「石買い屋自ら陣頭指揮を執って、銅の市場価格を操作するためか」

「……らしいな」


 銅が豊富に採れる鉱山が閉鎖してしまいえば、需要量に供給量が追いつかずにその価格は天井知らずの値上がりをみせる。

 そのためオッペンハイム商会は故意に鉱山を閉鎖させることで、その供給を減らしたのだと考えられる。


 こうすれば自分達には莫大な利益を得ることができると同時に、いつでも鉱山を再開させて銅を自前で採掘することもできるわけだ。きっと株式を担保に入れさせたのも、そのためだったのかもしれない。


 もしかするとオッペンハイム商会は、鉱物資源である銅や鉄鉱石までも自らの手中へと収めることで、国を経済から支配するという思惑が考えられるのであった。


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