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第16話 一杯の温かなスープ

「俺達の目標は目下もっか、今一番の問題は店を運営していけるだけの資金確保ってわけだな」


 レストランは客に料理を提供することで、その対価としての代金を得られる商売である。つまり毎日店を開けさえすれば、少ないながらも着実に日銭が入るわけである。だがそれにはまずその大元である材料を買う金が必要になるわけだった。


 また当然ながら、このレストランで好意で働いてくれるという、二人に対しても最低限度の給金は必要となる。


「俺に残された目ぼしい財産といえば……たったこれだけしかないのか」


 デュランは内ポケットに仕舞い込んでいた所持金をテーブルの上へと置いた。

 そこには使い古され色がくすんでいる銅貨が6枚ほどあるだけだった。


 銅貨6枚……それはレストランでの食事で換算すると、実に6回分程度の額でしかない。

 これでは仕入れるための費用としても少なく、小麦や野菜を買うのにはとても足りない額だった。


 そもそも宿無しのリサには金の期待なんてできないだろうし、アルフもまた大家族を養っているため金銭的に余裕があるわけがない。


 せめてこの3倍以上の資金……銅貨にして20枚程度の資金がなければ、店を開くことはできない。


「うーん、っと。やり方次第では、これだけあればなんとかやっていけるかもしれないよ。ま、もちろんそれもギリギリどころか、かな~り危ない感じで、その日一日の営業ができるかどうかの賭けになるかもしれないけどね」


 リサは、これだけでもなんとかやっていけるかもしれないと、軽い口調で言ってのけた。


「リサ、今の話はほんとかよ!? たった銅貨6枚分しかねぇんだぞ! これでは小麦なんてとてもじゃないが……」

「うにゃ? 誰が小麦を買うって言ったのさ? ボクはそんなこと一度も言った覚えないけど」


 アルフは驚きの声をあげるが、リサは何食わぬ顔をしている。


「……じゃあ、リサはこの店で何を売り出すって言うつもりなんだ?」

「うんっとね。とりあえず無料で手に入る食材を使ったスープかな。それで少しずつでも資金を増やすしか方法はないと思うよ」

「む、無料って、お前なぁ……」


 今度はデュランが驚く番だった。

 リサはなんと食材を無料で手に入れるつもりらしい。一体どんなことをすればそんなことが可能になるというのか?


(まさかリサのヤツ……どこかの店から盗みでもするつもりなのか? でなければ無料でなんて食材が手に入るわけがないのだがな)


 デュランは眉をひそめながら、リサへと尋ねることにした。


「なぁリサ。それって盗みを働くって意味合いで言ってるわけじゃないよな?」

「うん? あっはははっ。もちろん違うよ~。お兄さんはボクのことなんだと思ってるのさ。あっはは~っ、おっかしーいの♪」

「ははっ。だよな……」


 どうやら盗みの類での食材確保ではないようだ。

 だが無料で手に入る食材なんて、この世に存在するものなのだろうか?


「お兄さん、なんだかさっきから面白い顔しているよね~」

「面白いは余計だ。で、リサ。その無料の食材ってのは一体……」

「ああ、それね。簡単だよ~。まず市場にある肉屋で牛や豚、鳥なんかのいらない骨をたぁ~くさん貰ってくるでしょ。それと端っこや少し傷んだ野菜クズも無料で貰ってこれるよね? それをよぉ~く煮込んでから塩で味付けすると、と~っても美味しいスープができるんだよ♪」


 どうやらリサの考えとは、普段なら廃棄するような骨や野菜クズなどを無料で貰い受けることで食材費を浮かせる計画らしい。


(だが果たしてそんなこと本当に上手くいくのか? 第一、そんな値も付かない骨の部分やクズ野菜なんかで取ったスープなんて美味しいわけないと思うのだが……)


 そんな不安そうな思いが顔に出ていたのか、リサは昨日の残りものがあるからとコンロに火を入れスープを温め直してデュランとアルフに振舞ってくれるらしい。


「さぁどうぞ。召し上がれ♪」


 そうしてリサが粗末な木の器に入ったスープをデュランへと手渡してくる。


(どうせこんなもの……)


 デュランがそう思いながら一口スープをすする。


「ズッ……う、美味い。なんだコレはっ!?」

「ふふっ♪ アルフはどお? 美味しい?」

「ああ、うめえ! こんなに美味いスープは俺、初めてだよ!!」


 デュランとアルフが口にしたスープは絶品だったのだ。

 そんな美味しそうにスープを飲んでいる二人を見ていたリサはとっても満足そうな顔をしている。


(これは高級レストラン店にも劣らない、とても奥深くて美味しいコンソメスープだ! 味の土台となるものはたぶん牛と鳥の骨から取ったものにまず間違いないだろう。そこにほんのりっとした甘く優しい野菜の味わいと絶妙な塩加減がマッチしていて、飲めば飲むほど食欲が湧いてくるようだ)


 デュランとアルフはあっという間にそのスープを飲み干してしまった。 


「リサ……このスープは一体なんなんだ? 美味しいのは理解できるんだが、飲んでいるうちに何故か食欲が湧いてくる不思議なスープに思えるのだが、何か特別な食材でも……いや、調理法が違うのか?」

「んーん。別に変わった調理法で作ったスープじゃないよ。ただ老鶏の骨と小牛の骨を砕いてから、野菜と一緒に長時間煮込んで塩で味付けしただけだもん♪」

「け、けどっ!!」


 デュランがスープの不思議さをリサへと尋ねるのだが、彼女は横に首を振るだけで特別何かしたわけではないという。


 デュランは不思議でたまらなかった。

 スープに使われている食材は質の良いものどころか本来捨てるはずの端物であり、それに調理法もただ長時間に煮込むだけという。それなのに一体何故、こんなにも美味しいスープができてしまうのだろうか?


「チッチッチ~ッ。お兄さん、料理っていうのはね、例え粗末な食材でも手間暇かけて調理してあげれば、こぉ~んなに美味しい絶品スープが作れちゃうんだよ♪ しかも元手がほぼ0で作れるし、このスープならレストランも繁盛間違いなしじゃないかな?」

「確かにこのスープなら流行るかもしれない」


 このスープを飲む前は馬鹿にしていたのだったが、実際飲んだデュランはリサのその言葉に重みを感じ取っていた。

 そして空になったスープの器へと目を落とす。 


(もしかすると俺はとんでもない子を仲間にしてしまったのかもしれない……)


 そう思いながらデュランは笑顔になっているリサの顔を見つめる。


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