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第14話 名を騙るプレカリィ

「それでお前、名はなんていうんだ?」

「ボクの名前はリサ。リサ・ラインハルトって言うんだよ~」


 デュランはその子がもう逃げ出さないと判断すると、ゆっくりと床へと下ろしてから名前を尋ねた。

 リサと名乗ったその子は、まるで親に悪戯でも見つかってしまったかのような、人懐っこい笑顔を浮かべている。


「なんだか女みたいな名前してるんだなぁ。それにデュラン。ラインハルトって、確か随分前に……」

「ああ、昔この辺りに居た今は亡き伯爵はくしゃくの名前だ」


 ラインハルト。それは昔この周辺で王族へと仕えていた貴族の名前だったのだ。

 それこそシュヴァルツ家と同等の……いや、それ以上に知名度が高く爵位しゃくいも上から数えたほうが断然早い。それほどの身分が高い大貴族と呼べる家柄の名である。


 そしてデュランはその少年を見ながらこう思った。


(このリサと名乗る者が伯爵の名を勝手に使い、今この場を凌ぐため偽名で名乗っているに違いない。それこそ伯爵の娘が息子へと変わりでもしなければありえない。だがよりにもよってコイツが名乗っているのがラインハルト家……か。ふふっ。なかなかに面白いヤツだな)


 ラインハルト伯爵の最期は王族への謀反を起こしたという理由でその家系ごとお取り潰しにさせられ、今ではその家族や親類達も各地方へと散り散りとなっており、また伯爵の子供には一人娘がいるだけで息子は居なかったのだ。


 しかし、その話も十年以上も前のことであり、今ではその名を知っているものは少なかった。

 だがそれも下流階級の宿無しプレカリィの子供ならば、説明がつくことだった。


 何故なら、その子供達は自分が没落した家系の者だと偽ることで、他の貴族達から名家を復活させるための援助を受けたり、その貴族の養子となることを目的に偽名を名乗ったりすることも珍しくはなかったのだ。


 だからきっと目の前の少年もそれと同じことを何度も繰り返しているに違いない……と、デュランは考えていた。


(ま、コイツがラインハルトの名を騙ろうと俺には関係がないことだ)


 デュランはいつまでもリサの名前について考えている場合ではないと話を戻すことにした。


「それでその没落した伯爵様の息子・・が、今はプレカリィとなって俺のレストランに住み着いているってわけか?」

「うん、そうだよ♪ お兄さん、冴えてるねぇ~♪」

「はぁ~~っ」

「うにゃ? どうかしたの、お兄さん。そんな深い溜め息をつきながら頭なんて抱えちゃって」


 デュランはその一切悪びれた素振りをしない物言いと、屈託の笑顔を浮かべているリサに頭が痛くなってしまう。


「もういい。お前の……いや、リサの事情も理解したから、とっととここから出て行ってくれ」

「えぇーっ! お兄さん、それは酷いんじゃないかなぁ~。だってボク、他に行くところがないんだよ」

「酷くはない。本当ならこのまま街の自警団に引き渡しているところなんだぞ」

「それは……そうだけどぉ~」


 リサはデュランの言っている意味を理解していた。


 家主の了解なしに他人の家に勝手に住むことは犯罪である。

 もしそれが貴族相手ならば無事では済まないのが一般的なのだ。


 自警団へと引き渡されてしまえば単に牢屋へと連れて行かれるだけではなく、耐え難い拷問にかけられそのまま死んでしまうことも少なくなかった。


 それを理解しているからこそ、リサはデュランへと必死に懇願する。


「お兄さんお願いっ! ここに住むだけ。食い扶持とかは自分でなんとかするから。それにもし何かしら手伝うことがあったらボクもお手伝いするよ!」

「手伝いって……。リサ、お前に何ができるっていうんだよ?」

「え、え~っと、ね。靴磨きでしょ。それに掃除や洗濯だって得意だし、それにそれに料理だって大得意なんだよ~♪ ほぉ~ら、そろそろお兄さんもボクのことを手元に置いておきたくなったんじゃないかな♪」

「はぁ~~~っ。ほんとにお前ってヤツは……」


 デュランはそのリサの前向きな姿勢に気圧されていた。


「な、なぁデュラン。俺からもコイツのことを助け……」

「……分かってるさ、アルフ。何も言うなって」


 アルフは何かを言いたげに横から口を挟もうとするが、デュランはそれを先に手を突き出して「それ以上口にするな」と制止した。

 デュランにだって彼の言いたことは痛いほどに理解していたのだ。


 アルフの家はデュランのような貴族とは違い、とても庶民的な家庭に生まれのため妹や弟がたくさんいる大家族なのである。

 またその家族には家計を支えるはずの父親が早くに病で亡くなっており、代わりに母親が下働きに出て一家を支えていた。


 だが一昨年の冬頃、その母親が体を壊してしまったため、今ではアルフ一人で一家全員の食い扶持を支えるそのために比較的日銭を稼ぎやすく仕事口が多くあるであろう、このツヴェンクルクの街へと出稼ぎにやって来ていたのだった。


 きっとアルフには、今のリサの姿が自分の弟と重なって見えているに違いない。

 そしてデュランにリサを助けるようにと、口にしたいはずなのである。


(今の俺にだって、とても他人を構ってる場合じゃないんだが……仕方ないか)


 デュランはアルフの顔を見てからリサへと向き直ると、こんな言葉を口にした。


「わかった。しばらくの間だけなら、ここに住んでてもいいぞ」

「やった~! ありがとう~♪ それとそっちのツンツン頭のお兄さんもありがとうね♪」

「良かったなぁ~♪ って待てよ。ツンツン頭って……それって俺のことかよ!?」

「あははは~っ♪」

「笑って誤魔化してんじゃねぇよ!!」


 デュランが渋々ながらリサのことをここに置くことを告げると、二人はとても嬉しそうに手を繋いで飛び跳ねていた。


「……おい。しばらくの間だけ、なんだぞ。二人ともそこをちゃんと理解して……」

「うんうん。ボクだってちゃ~んと、そこのところは分かってるってば♪ ぎゅ~っ♪」

「おわっ!? いきなり抱きついてくるなって! 危ないだろ!」


 リサは今度はデュランの首へとしがみ付いて喜びを体全体で表現していた。


 デュランはいきなり前から飛びつかれて思わず後ろへと転びそうになるのをどうにかその場で踏み止まると、リサのことを抱き留め振り落とさぬようにそのまま抱き締めることにした。


「にゃはははっ。ごめんなさ~い」

「……ったく」


 まったく反省の色がみえない感じにリサが謝罪すると、デュランもやれやれっと呆れ果ててしまう。

 だがそこでデュランは抱き締めているはずのリサの体から違和感を感じ取っていた。


(……うん? 何か胸のあたりに変な違和感があるような感じがする。それにリサの体も男にしてはあまりにも柔らかすぎるように思えるが……気のせいなのか?)


 リサの体は女の子のように柔らかく、とてもデュランと同じ男とは思えないほどの感触。

 そして背中へと回したデュランの右手には、まるでシルクのような艶やかな手触りの長い髪が触れていた。


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