「こんなところをいつまでも眺めていても、今の俺にとっては無益な存在だな」
デュランは貴族や学者などが集まるコーヒーショップを後にする。
そして更に進んでいくと、デュランは通りを行き交う人の
(ここから先は貴族の居住地域ではなく、庶民の居住地域になるのか)
ツヴェンクルクの街には、そこへ住む人の身分によって大きく分けて二つの居住地域に分けられていたのだ。
一つは街の貴族や学者、それに役人などが暮らす『
もう一つはそれ以外の商人や農民・人夫などの労働者、いわゆる庶民達が暮らす『
上流階級の貴族が下流階級が住まう居住地域へと訪れることはなく、またそれと同時に下流階級である庶民が上流階級が住まう居住地域へと足を踏み入れることは皆無である。
特別、各地域ごとに立ち入り禁止が書かれた張り紙や罰則のような制限、また壁などで物理的に仕切られているわけではないのだが、互いに干渉することはあまりなかったのだ。
そもそもそのどちらも住む世界が違うものであると考えていたのかもしれない。
上流階級は人々を支配する側の資本家であり、下流階級は人から支配される側の
そうした身分や住む地域などの棲み分けは自然となされ、生まれながらにして……いいや、人として生まれる前から、そのように決められてしまったのかもしれない。
デュランには何故かそれが国を二分した東西戦争のように街の中を北と南とで二分割しているように思えてしまい、得も言えぬ不信感と不平等さを抱かずにはいられなかった。
それはまるで人々の身分差によって、目には見えない透明な壁でも立ち塞がっているように“隔たり”を作ってしまっているのかもしれない。
そうして暫く歩いているとデュランは先程のコーヒーショップ同様、再び人が出入りする店先へと辿り着いた。
「ここは……酒場だな。ここも負けず劣らず人
見れば先程まで居たコーヒーショップとは違い、見るからに服装が違う庶民達が出入りしているのが見て取れる。
もちろんそこには貴族や学者などの姿は一人とて見受けられない。
酒場とは主に『エール』と呼ばれる醸造酒を提供する場所である。
貴族達がコーヒーやワインなどの高級な
見れば店の入り口付近には酒に酔って泥酔している客や、一夜限りの関係で生計を立てている派手な洋服と胸元を大きく開いた娼婦達が、通りを行き交う人を誘惑しているのが目に入った。
「ちょっと、そこの格好の良いお兄さぁ~ん。今から私達と遊んでいかない~?」
「ね? いいでしょ? たっぷりと、サービスするわよ♪」
その着ている洋服と見た目の印象から金のある貴族とでも思われてしまったのか、文無しのデュランへと二人の
(さすがに女性からの誘いなのだから無下にあしらうわけにもいかないな。かと言って彼女達を一晩侍らせる持ち合わせないなど無きに等しい。さて、どう答えて彼女達の誘いをあしらうか……)
デュランは言葉を選びながら誘惑してくる娼婦達へとこう答えた。
「ふっ。実は今日、キミ達のような美しいご婦人方と釣り合える美しい赤い
「まぁ♪ お兄さんったら口が上手いんだから♪」
「きっと、私達のような女でもあしらい方に長けていらっしゃるのよ♪ 素敵だわぁ~♪」
デュランが笑みを浮かべながらそんなことを口にすると、彼女達はより彼へと興味と好感を持ってしまったらしい。
「なぁもしかしてだけど……お前、デュラン・シュヴァルツじゃないのか?」
名残り惜しまれながらも酒場を後にしようとしたそのとき、ふと背後から名前を呼ばれた。
デュランが咄嗟に振り返ると、そこには一人の男がちょうど酒場の店から出てきたところだった。
「お前はアルフ? アルフ・フェイドなのかっ!?」
「ああ、ああっ。そうだとも! お前こそあのデュラン・シュヴァルツなんだよな! 生きてたのかぁ~」
それはデュランのもう一人の親友『アルフ・フェイド』であった。
「一体こんなところでどうしたんだよ? でも確か噂じゃデュランは戦地で死んだって聞いんだがな。よく、生きて戻って来れたなぁ~っ!!」
「ふふっ。まぁ道すがら、色々とあってだな。実はな……」
デュランは事の詳細をアルフへと簡単に説明した。
「そっか……そうだったのか。親父さんのことは残念だったな」
「ああ、だがそれも仕方のないことさ」
「それにしてもマーガレットとケインのヤツはなんなんだ! せっかくデュランが帰ってきたって言うのにそんな冷たい態度を取ったのかよ!? 信じられねぇな!」
「アルフ……」
アルフはまるで自分の事のように、マーガレットとケインに対して怒りを