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第10話 上流階級が集まる社交の場

「ふむ。なるほどなぁ……。それで君は従兄弟であるケインから、この周辺にある鉱山とレストランの権利書二枚をを譲り受けたということだね? それと既に遺産についての同意書にもサインしてしまった――と、そういうことかね?」

「は……い」


 公証人からそう問いかけられると、デュランは口ごもってしまう。


 何故ならデュランはケインに言われ、既に父親の遺産分配の同意書に自筆でサインをしてしまっていたことをたった今、思い出してしまったのだ。

 これでは遺産の再分配が難しいどころか、覆すことは実質不可能なのである。


「……どうやら君自身も、ワシが口にしたいことをよぉ~く理解しているようだね」

「ええ。俺はあのとき父親のことで頭がいっぱいになり、ケインの言われるがままサインをしてしまいました。その……ご迷惑をおかけしてすみません」


 公証人は書類に目を通しながらも少しだけ顔を下げると、レンズを通してではなく直接自分の目で確かめるようにデュランの姿を覗き見ていた。


 デュランは「この人に対して、その場凌ぎでの嘘をつくことはできない」と、自ら犯した過ちを公証人である、彼にそのまま伝え頭を下げて謝罪した。


「ふふっ。君はとても正直な性格の持ち主なんだな。それに自分がした過ちを素直に認め、ちゃ~んと謝ることもできる。今の若者にしてはとても気骨があるように思えるぞ」

「いえ、そんな……恐縮です」


 公証人はそんなデュランの行動が好ましく思えたのか、口元を緩ませて優しそうに微笑んでいた。

 そんな彼の好意までをも無下にはできないと、デュランは否定せずに受け入れる言葉を口にする。


「それで遺産の分配についてはダメになりましたが、その……鉱山とレストランについてはどうなんですか? 資産価値はあるものなのでしょうか?」

「ふむ。それなんだが……」


 デュランは公証人が持っている書類、その価値について彼の意見を求めることにした。

 だが、彼の顔は明るいどころか曇ってしまっている。「これは改めて聞くまでもないな……」と、デュランは思ってしまう。


「ワシの見立てでは、これらの資産価値は『無きに等しい』と思える。何故なら、君の父親が税として納めた過去数年分の税納付関連の書類を調べてみたのだが、これら資産に対する税を収めた記録どころか名目記載すらもされていなかった。もちろんそれも書面上のことだから、実際にこの目で現物を見てみなければ正しい判断はできないがね。

 まぁ、鉱山を閉ざすということは、遠の昔に粗方何らかの鉱物が掘りつくされているだろうし、それとレストランに関しても店が流行っているのならば閉めるはずがない。よって国に対する税金すらも発生しない著しく資産価値が低い――との結論に至るわけだ」

「そ、そうですか。やっぱり……」


 デュランが思っていたとおりの言葉を公証人は改めて口にしていた。

 やはり廃鉱山も、そしてレストランも資産的価値は無いらしい。


「すまんな。何の力にもなれなくて……」

「いえ。こちらこそ貴重なお時間を取らせてしまい、ありがとうございました」


 デュランは「もうここには用が無い」と思い、礼の言葉を簡素にも述べ、そこから出て行こうとするとき、背後からこんな言葉を投げかけられた。


「もし何か力になれるようなことがあったら、いつでもワシを訪ねてくれたまえよ。相談ならいくらでも乗るからな。なんせワシには他人よりも、暇だけはいくらでもあるからね」

「はい。ありがとうございます。もし何かあれば寄らせていただきますので……それでは失礼します」


 デュランは彼の好意に感謝をする意味でも振り返り、頭を下げ丁寧なお辞儀をしてからその建物を後にした。



「さぁ~て、俺はこれからどうすりゃいいんだ? 金もない、家もない、頼れる家族も親族もいない、持ち合わせていない・・・の三拍子が揃ってしまっているぞ。ははっ、これではまるで没落した家系の貴族みたい境遇だな」


 デュランは皮肉にも自分の置かれた境遇を没落した貴族だと揶揄する言葉を口にする。

 だがそんなことを口にしても、自分が惨めになるだけで何の得にもならない。


「とりあえず、この街にあるっていうレストランにでも行ってみるとするか。今は使われていないとはいえ、まだ屋根くらいはあるだろうから雨露くらいは凌げるだろうし。それに上手く行けばそこで店も開けるかもしれない」


 デュランは気持ちを切り替えてそう前向きに考えると、とりあえず今夜泊れる場所として父の遺産であるレストランへと向かうことにした。


「どうせだったら、さっきの公証人に詳しい場所くらい聞いておくんだったな」


 権利書には店の名前は記されていたが、不親切にもレストランがあるという場所については、どこにも書かれていなかった。


 そうしてデュランは街中を彷徨い歩いていると、人が多く出入りしている賑やかな店に差し掛かった。


「ここは……コーヒーショップか」


 そこはコーヒーショップと呼ばれる店であり、その名のとおりコーヒーの専門店である。


 けれどもこの街のコーヒーショップは他の地方とは一味違う存在である。

 それは味覚という意味合いではなく、ここへとやって来る人々の目的が違うのだ。


 ちょうどそこへ貴族らしき二人の男がデュランの目の前を通り過ぎようとしたそのとき、偶然にも彼らの会話が耳に入ってきた。


「うむ。やはり東側ではこちら側よりも鉄鉱石の需要が高まりつつあるみたいだ。これは儲けられるチャンスかもしれない」

「なら、我々は逆に鉱山の供給量を抑え価格を釣り上げるのが得策か。だが、あまりやり過ぎて石買い屋に目を付けられるわけにもいかないな」


 二人の男達はデュランが傍に居るのも気づかずに会話を続けながら、そのままコーヒーショップへと入って行った。


(やはりここは大陸における情報の最先端の場所なのだな。今も昔も変わらずといったところか)


 見れば中には貴族や学者など良識がある者及び街の権力者達が集まり、知性溢れる話に華を咲かせていた。

 それぞれ経済の話や戦争の話に果ては天文学や地政学の話など、とても庶民が立ち寄れる場所とは縁遠い存在なのである。


 つまり『コーヒーショップ』とは上流階級である彼等がただコーヒーを飲みに来る場所ではなく、情報を得るため、また人と交流するための手段ツールに使われている社交の場の一つなのだ。


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