目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第6話 悲しみは涙とともに

 それからデュランはルインと別れ、一人町にある小さな教会へと向かうことにした。


 当然ルインも、そのお墓参りに付いて行こうとするのだが、「すまないルイン。今だけ……今だけでいいんだ……。俺のことを一人にしてくれないか?」とデュランに言われてしまい、その心中を察してか、彼女は付いて来るのを諦めてくれた。


 少しだけ悲しそうな顔をするルインにデュランまでも心を痛めてしまう。

 けれどもデュランは今、一人になりたい気分だった。


 でなければ傍に居てくれる年下のルインに泣きつき、今すぐにでも崩れ落ちてしまいそうだったから……。


「父さん……」


 デュランの目の前には、この土地で何世代もの間受け継がれてきたシュヴァルツ家の墓があった。

 そこには何の派手さもない簡素な墓石があるだけで、墓自体の大きさも庶民のそれと見比べてみてもほとんど変わりはなかった。


「…………ごめんよ。来るのがこんなに遅くなっちまった。俺って親不孝な息子だよな……」


 デュランは墓標の前で膝を突き、今は亡き父親に償いの言葉を投げかける。


 病気で亡くなり、最期はとても惨めな姿だったと先程ケインから聞かされている。

 きっと父は亡くなる直前まで俺のことを心配していたに違いない。


 そう考えてしまうと、目からは自然と涙が溢れ出していた。


「父さん、父さん……ごめんよ。ほんとごめん……うわあぁぁぁぁぁぁっ」


 もうデュランは感情を抑えることが出来ずに父の墓標へともたれ掛かりながら、泣き喚いてしまう。


 ポツポツ……サァーッ。

 まるでそんなデュランの心内を表すかのように冷たい雨が降り出してきた。


「これではお兄様があまりにも可哀想ですわ。こんなのって……ぐすっ」


 少し離れた場所でデュランの泣き喚いている姿を見ているルインがいた。

 彼女は付いてくるなと彼に言われていたが、心配になり後を追ってきていたのだ。


 そしてルインがいる場所から更に遠く離れた木の影から、そんな二人の様子を見守っている者がいた。


 それはデュランの元婚約者マーガレットだった。


「デュラン…………ごめんなさいね。本当にごめんなさい……」


 マーガレットは一人そう呟くと二人には声をかけず、音もなくその場を離れた。


(まさかこんなことになってしまうなんて……運命の悪戯とはとても残酷なものなのね)


 マーガレットはこの数日前、ケインの父親であるハイルから聞かされたことを思い出してしまった。


***


「えっ? デュ、デュランが生きているんですの? 本当に!?」

「ああ……そういったはずだぞ。ワシの言葉を疑う気なのか?」


 デュランの叔父であるハイル・シュヴァルツは、ベットの上から目の前に立っているマーガレットへとそう告げると、彼女は驚きのあまり義父である彼の言葉を一瞬だけ疑ってしまった。


 それを見て取ったハイルは鋭い眼光で彼女に対して睨みを利かせ押し黙らせる。


「い、いいえ。お養父様とうさまの仰ることを疑う気はございませんが、あまりにも驚いたもので……つい」

「ふっ。まぁそうであろうな。ワシだって初め聞いたときは耳を疑ったものだ」


 マーガレットは狼狽しながらも、すぐさまハイルを疑っていたことを言い繕う。

 ハイルにはそんなマーガレットの行動すらも予測済みだったのか、睨みを解き彼女と同じ気持ちだったことを告げる。


「あぁ、でも良かったぁ~。デュランが死なずに生きていたなんて♪ きっと、あのお守りの指輪が彼のことを助けてくれたのね!」


 マーガレットは心の底から婚約者であるデュランが生きていることに安堵すると、そんな風に彼について思っていることを口に出した。


 だがそれもハイルの次の言葉で、現実というものを思い知ることになる。


「マーガレット。ケインと今月半ばに行うはずだった結婚式は……今週中に行え」

「えっ? お、お義父様、一体それはどういう……」


 マーガレットが幸福だと思えたものは、ハイルのたった一言により、儚くも掻き消されてしまった。


 そしてハイルは何かを反論しようとするマーガレットの言葉を一切聞き入れず、再度畳み掛けるように念押しする。


「デュランが帰ってくるその前にケインとの婚姻を結べ、ということだ!」

「で、でもっ。デュランは生きていたんですよ!! 普通ならデュランとの婚約を優先するはずですわよ! それなのに……あんまりですわ!!」

「いいからお前はワシに従っていればそれだけでいい。デュランのことはもう忘れろ。それにお前は今後このシュヴァルツ家を率いる女主人となるのだからな!」


 一切反論を許さないハイルの言葉に、マーガレットはただ従うことしかできなかった。


 マーガレットの実家である旧ツヴェルスタ家には、元来女性しか生まれたことがなかったために、一族の血を後世にまで残すには外の血を受け入れるしか方法がなかったのだ。


 これまでは周辺の貴族を束ねる存在のシュヴァルツ家、その本家長男である幼馴染のデュランと婚約することになっていたのだが、彼が消息不明になってからはその思惑が頓挫してしまったために旧ツヴェルスタ家は苦肉の策として、同じシュヴァルツの従兄弟であるケインとマーガレットを結婚させることにしたのだ。


 尤もそんな両親の思惑でさえも、マーガレットは当初頑なに拒絶した。


 だが実際に自分の家を守るためには、デュラン以外の誰かと婚約を結ばなければならない状況。それはマーガレット自身も十分理解していた。


 そうして覚悟を決めたマーガレットは「いつかデュランは帰ってくるはず。だからせめて1年間だけ待たせて欲しい……」そんな約束を自分の両親はもちろんのこと、婚約相手であるケインに頼み込んでいた。


 それからデュランの消息どころか遺体すらも見つからないまま、瞬く間に1年という月日が過ぎ去り、もう今月の半ばにはケインと結婚式をすることになっていた。

 既に二人の結婚式の準備も整い、今月半ばには執り行われるというまさにそのとき、幸か不幸かデュランが生きて戻り、自分の目の前に現れてくれたのだ。


 マーガレットはデュランの生きている姿を目にした瞬間にこう思ってしまった。

「私とデュランは運命の赤い糸でしっかりと結ばれている。これで二人はもう幸せ暮らしていけるはずなのよ」――と。


 だが現実は皮肉なものであり、より最悪な形となってマーガレットの理想を簡単に打ち砕いてしまう、そのような結末へと向かおうとしていた。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?