デュランは声をかけられ、思わず顔を上げてしまう。
そこにはどこか見覚えのある女の子が立っていた。
「ああ、やっぱりデュランお兄様ですわ! 生きていらしたのですね♪」
「あっ、ちょ……うわっぷ」
その子はデュランだと分かるや否や、大胆にも抱きついてきたのだ。
いきなり抱きつかれてしまい、デュランにはどうすることもできなかった。
「お兄様ですわお兄様♪ あ~んもう! 会いたかったですわ♪」
「ちょ……待てって」
「待てと言われても待ちませんわよ♪ んぅ~~~んっ♪ ああこれよ、これですわ。お兄様の匂い♪」
「に、匂いって……お前……」
その女の子は抱きつくのをやめないどころか、甘える子猫のようにデュランの胸にスリスリと頬ずりしながら、大きく息を吸い込んでいる。その行動はまるで体の隅々まで行き渡らせるよう、深く匂いを嗅いでいるようでもあった。
デュランにはどうすることもできず、彼女のされるがまま呆然と立ち尽くしてしまう。
(何なんだよ一体? この子は誰なんだ? 俺のことを知っているようだが……)
相手の女の子はたぶん自分の顔見知り。
これでは乱暴に振り払うことも強く拒絶することもできない。
「ね~ぇ~お兄様。昔のように
「あ? ああ……こ、こんな感じでいいのか?」
「ああん♪ そうですそうですわ。お兄様はいつもこのような優しい手で私の髪を撫でてくれましたわよね♪」
その子はデュランに髪を撫でられると、とても満足するよう完全に顔が
(それにお兄様だと? そんな風に俺を呼ぶのは……っ!? ま、まさか……)
そこでデュランは気づいた。
自分のことを『お兄様』なんて呼ぶ存在は一人しかいなかったのだ。
「もしかしてお前……あのルインか?」
「あら、今頃気づきましたの?」
「ほんとのほんとにお前はあのルイン・ツヴェルスタなのかよ!?」
デュランはとても驚き、動揺を隠せないでいた。
それもそのはず。自分が覚えている容姿とは別人とも呼んでいいほどにすっかり変わり果てていたのだ。
「あら? あらららららっ♪ もうお兄様ったら、私のことを意識し始めてからなんだか鼓動が早くなってますわよ」
「ぅぅっ(照)」
「ふふっ。もう赤くなっちゃって♪ お兄様は相変わらず可愛いですわね♪」
鼓動が早くなったのは確かにルインのせいだった。
自分に抱きつき見上げるように俺を見つめる絶世の美少女。
そして何よりもデュランの鼓動を早くしているのは密着した体から伝わる彼女の温かさと女性特有の柔らかさ、そして俺が生きていたことを喜び浮かべる心からの笑顔だった。
(まさかたった1年間会わなかっただけで、こんなにも成長しているとは……女とは恐ろしいな)
デュランは夢にも思わなかった。
まさかマーガレットの妹がこんなにも女性らしく変わってしまったのかと。
昔のルインは姉であるマーガレットよりも身長が低く、デュランにとってもまさに『妹』といった存在であった。
だがしかし、今目の前にいる彼女は『女性』と呼べるほど魅力的な容姿をしているようにデュランの目には映ってしまっていたのだ。
「も、もういいだろルイン。い、いいかげん離れてくれよ」
「ぜーーーったいに、ダメですわよ♪」
「ダメってお前……」
ほとほとどうしたらよいのやらと、デュランは対応に困ってしまう。
まさか自分が生きていたことをこんなにも喜んでいる人がまだ居たのだ。これではとてもルインを
(ほんと、どうしたらいいんだよ。何とかして話題を逸らさないとこのままじゃ……)
このままでは自分の理性が抑えられない。
デュランは思いつくままルインへと質問を投げかけてみることにした。
「な、なぁルイン。俺の父親は……父さんの墓は町の教会にあるんだよな?」
「お兄様のお父様ぁ~? あっ……フォ、フォルト伯父様のことですわね」
デュランは少し真剣な声で自分の父親の墓の場所について聞いてみる。
するとルインはだらしなく惚けた顔から一変、その意味に気づいてデュランから体を離した。
「ええ、そうですわよ。あら? でもお兄様は
「ああ……」
さすがに先程のやり取りをマーガレットの妹であるルインに話すわけにもいかずに、デュランは頷き返事をするだけにした。
「そうですわよね。お、お兄様……あのっ!
「ルイン……」
デュランの置かれている状況を改めて理解したルインは先程とは打って変わったように顔を曇らせ、今にも泣き出してしまいそうになっていた。
確かにデュランの父親が病死して、残された遺産もそのほとんどが奪われてしまい、挙句の果てには最愛であったはずの婚約者まで奪われてしまったのだ。
マーガレットの妹であるルインがそんな顔になってしまうのも無理はないことである。
「ばぁ~か。そんなのルインが気にする必要はねぇんだよ。ほら来いよ」
「あっ……お兄様」
デュランはそんな悲しそうにするルインを気遣うように明るい口調でこんな言葉を投げかけると、ギュッと彼女を抱き締め髪を撫でてやる。
「でも……あんまりですわ」
「俺ならいいんだ……。だからルイン……そんなに泣くなって」
「私、な、泣いてなんかいませんわよ……ぐすっ」
ルインはデュランの心中を痛いほど理解すると目に溜まるものを誤魔化すため、必死に彼の胸へと顔を押し付けている。
彼女の涙によって、デュランの胸元は濡らされてしまう。
だが、彼はそれを不快に思うどころか、嬉しいとさえ感じてしまっていた。