翌朝。
フェンリルの縄張りの中を順調に進んで行く。
今回はフェンリルには会わず、そのまま真っすぐ進んで行くことにした。
当然といえば当然だが、なんの異常もない。
むしろこちらが大所帯だから普通の獣たちはこちらを避けてくれているようだ。
「楽なもんだな」
と苦笑いでそう言うアインさんに、
「ああ。いつもこうだと助かるんだがな」
とこちらも苦笑いで返す。
すると、ミーニャが少し不満そうに、
「新鮮なお肉があると、スープの味が良くなるんですけどねぇ…」
と呑気な感じでつぶやいた。
「ははは。確かにそれは残念じゃな」
とベル先生が笑い、私たち一行は軽快な様子で進んでいく。
そして、その日ものんびりとした雰囲気のまま野営に入った。
昨日と同じく明るい雰囲気のまま夕食を囲み、ゆったりとした気持ちで横になる。
(さて。明日からは気が抜けないことになる。今日はゆっくり体を休めておかなければな…)
と考えながら私は静かに目を閉じた。
背中からはライカの、胸元からはコユキの、ほんのりとした温もりが伝わってくる。
私は改めて、
(この子達のためにも頑張らねば)
と思いつつも、ほんわかとした温もりに包まれ、幸せな気持ちで眠りに落ちていった。
翌朝。
「おはようさん。良く寝てたな」
とジェイさんからそう声を掛けられたのに、
「ああ。おはよう。ここから先はあまり休めないだろうから、昨日はしっかりと休ませてもらったよ」
と苦笑いしつつ返しお茶を淹れる。
みんなにお茶を渡し昨日の残りのスープとパンで簡単に朝食を済ませると、
「さて。いよいよじゃな」
というベル先生の言葉に気を引き締めつつうなずいて、私たちはさっそくそれぞれの馬に跨った。
昨日までとは打って変わり、それなりに緊張しながら歩を進めていく。
ライカが落ち着いた様子で進んでくれているから、まだ大丈夫なのだろうとわかってはいても、森ではいつ何時何があるかわからない。
みんなそれがわかっているからだろう。
私たちの間に流れる空気はどこか引き締まったものになっていた。
やがて、昼の小休止を終えた頃。
「ぶるる…」(ちょっと遠くにいるよ…)
と言ってライカが緊張した表情になる。
私はそれを聞いて、みんなに、
「どうする?」
と問いかけてみた。
「避けられるのなら避けるのがよいじゃろう」
とベル先生が言ったのに続いて、ジェイさんも、
「ああ。まだ序盤だからな。出ても小者だろうよ」
と言い、その意見に賛同する。
私は2人に軽くうなずいて、ライカに、
「上手いこと避けていけるか?」
と聞いてみた。
「ぶるる」(わかった)
と言ってやる気を見せてくれるライカを軽く撫でてやり、
「今回は避けることにしよう。しかし、油断はしないでくれ」
とみんなに声を掛け、その場を発つ。
私たちはライカを信じて、目的地までの道をやや回り込むように進んでいった。
やがて、少し遅くなったものの日が暮れる前に予定の行程を終え、野営できそうな場所を見つける。
私が、
「よくやってくれたな」
と言ってライカを褒めると、ライカは、
「ひひん!」
と嬉しそうに鳴き、少し照れたような感じで私に頬ずりをしてきた。
「ははは。明日からも頼むぞ」
と言いつつ撫でてやっていると、私の胸元がもぞもぞと動く。
私はそんな胸元の抱っこ紐からコユキを出してやると、
「ああ。コユキにも頼んだぞ」
と言って、コユキのことも撫でてやった。
「きゃふぅ」
と満足そうに鳴くコユキをライカと一緒に微笑ましく眺め、一段落した所で野営の準備に入る。
その日からは見張りを立てつつ交代で体を休めることになった。
最初の見張り番として、焚火にあたりつつミーニャと一緒にお茶を飲む。
「なんだか楽をさせてもらって悪いな」
と言うと、ミーニャがくすくすと笑いながら、
「ルーク様はご領主様ですから」
と、いかにもおかしそうにそう言った。
「ん?ああ、そうか。一応みんなに気を遣われる立場の人間だったな」
と苦笑いで答える。
すると、そんな私にミーニャが、
「バルガス様もそうでしたが、ルーク様も気さくでお優しい方ですよね。私、そんなルーク様にお仕えできて幸せです」
と少し恥ずかしいセリフを堂々と言ってきた。
そのセリフに私は照れてしまい、
「ははは。これからもその期待に違わぬ領主であり続けなければな」
と照れ隠しに笑いながらそう答えてまたお茶を飲む。
そんな私を見てミーニャは「うふふ」といかにも微笑ましそうな感じで小さく笑った。
小さな焚火の中でパチパチと薪が小さく弾け、心地よい音を奏でている。
その温かさを感じつつ空を見上げれば、そこには満天の星が輝いていた。
何事もなく夜が過ぎ、翌朝。
再び気を引き締めて森の中を行く。
しばらく進んでいると、ライカが、
「ひひん!」(こっちに来てる!)
と緊張感のある声を上げた。
「みんな。準備はいいか?」
と声を掛けると、それぞれから、
「おう!」
と力強い声が返って来た。
少しでも戦いやすいように開けた場所を探して移動する。
ライカが言うには、どうやら敵はこちらの動きを察知していて、積極的に襲ってきているそうだ。
「だとすると、狼かのう…。腹を空かせている時のやつらは割と積極的じゃからな」
と言うベル先生に、
「豚の可能性はないか?あいつらもけっこう貪欲だぜ?」
とジェイさんが聞く。
そんな2人向かってコユキが、
「きゃん!」(狼だよ!)
と、どこか得意げにそう言った。
「ははは。私の勝ちじゃのう」
とベル先生がおどけてジェイさんに胸を張る。
するとジェイさんも冗談めかして、
「ちっ」
とわざとらしく舌打ちをしてみせた。
そんなやり取りをしながら移動し、適当に開けた場所に出る。
「ここならよかろう」
と言うベル先生の指示でみんな馬から降り、
「ベル先生とジェイさんたちは馬を頼む。シルフィー。そっちの指揮は任せたぞ」
と私が指示を出すと、それぞれが、
「おう!」
と答えて素早く陣形を整えた。
緊張の中、刀を抜く。
私の横についたミーニャに、
「防御は任せろ。後ろも気にしなくていい。とにかく目の前の相手を斬りまくってくれ」
と指示を出すと、ミーニャは引き締まった中にもどこか嬉しそうな表情で、
「了解です!」
と元気に返事をしてきた。
そんな様子に安心しつつ、今度は「旋風」の3人に目をやる。
こちらも緊張はしているようだったが、私が、
「時々魔法で援護する。思う存分やってくれ!」
と声を掛けると、
「「「おう!」」」
という勇ましい声で応えてくれた。
(よし。大丈夫だな)
と確信しつつ敵がやって来るのを待つ。
すると、しばらくして、私たちの周りに魔獣特有の重々しい気配が漂い始めた。
じりじりとした時が流れる。
私はやや焦る気持ちを抱えながらも、
(焦れるな…。焦れたら負けだぞ…)
と自分に言い聞かせつつ、その時が来るのを待った。
やがて、相手が先に焦れてくれたのか、どこかから、
「ワオーン!」
という遠吠えが聞こえて、周りの気配が一気に動く。
私は落ち着いて魔力を練り、まずは牽制という感じで軽く風の魔法を目の前に茂みの中に放った。
「ギャンッ!」
と声がして、気配が一斉に動く。
どうやら運良く当たってくれたらしい。
私のその攻撃を合図に方々からグレートウルフたちが飛び出してきた。
「いきますっ!」
と言いつつミーニャが目の前の敵に突っ込んでいく。
私はそれを援護するように、次々とミーニャに襲い掛かろうとするグレートウルフたちに風の魔法を撃ち込んでいった。
ミーニャは私の指示通り目の前の相手を次々と斬っていく。
(相変わらず動きが速いな…)
と感心しつつ、私は援護に集中した。
やがて、私たちの目の前にいた相手の数が減り始める。
私はそれを見て、
(よし。ここは任せてもよさそうだな)
と判断すると、
「ミーニャ。後は任せる!」
と声を掛け今度は「旋風」の3人を援護すべく、そちらに目を移した。
どうやらこちらも落ち着いて対応出来ているようだ。
見れば矢の刺さった個体が転がっているから、ベル先生が上手く援護してくれたのだろう。
それを見て安心しつつ、「旋風」の背後に移動する。
そして、いきなり飛び出してきた1匹を刀で一閃すると、
「後ろは気にするな!」
と大きな声でそう指示を出した。
「おう!」
というシルフィーの声がして、
「ギャンッ!」
というグレートウルフの悲鳴が上がる。
私は心の中で、
(よし。勝ったな)
と思いつつも、油断せず周りに目を配りながら、グレートウルフたちを次々に斬っていった。
やがて、ミーニャがやや大きな個体を倒し、戦闘が終了する。
私は「はぁはぁ…」と肩で息をしつつもどこか楽しげな表情をしているミーニャの方に近寄ると、
「お疲れ」
と軽く声を掛けて手と手を軽く打ち合わせた。
「久しぶりだったので、ちょっと手間取っちゃいました。稽古不足ですね…」
と困ったような笑顔で言うミーニャに、
「ははは。帰ったら毎朝の稽古を一緒にやろう」
と言ってこちらも笑みを返す。
するとミーニャはとたんに嬉しそうな顔になって、
「はい!」
と元気よく返事をしてきてくれた。
続いて「旋風」の3人にも同様に、
「お疲れだったな」
と声を掛ける。
すると、シルフィーがやや息を切らしつつも、
「ふっ。この程度問題無いさ」
と笑顔でそう返してきた。
3人とも手を合わせて互いの健闘を称え合う。
そして、さっそく馬たちのもとに戻ると、まずは、
「世話を掛けたな」
と言ってベル先生に軽く礼を言った。
「なに。ただ待っておるのも退屈じゃからのう」
とベル先生が言い、少し照れたような笑みを浮かべる。
そんな私にアインさんが、
「ははは。終わったところでさっそく焼いちまおうぜ」
と明るく声を掛けてきた。
「ああ。そうだな」
と返し、さっそくみんなでグレートウルフたちを集めにかかる。
そしてうず高く積まれた30数匹のグレートウルフをノバエフさんが火魔法で灰に変えたところでその戦いは無事終了した。